19 ボクの名は
「HEY! NAL、フレンドのマイルームの行き方教えて?」
『ハイ主、まずはデバイスのフレンドリストの項目をタッチしてプレイヤーのマイページを開きます。次にそのプレイヤーのROOMアイコンをタッチします。
するとデバイス全体が簡易ゲートとなり、5秒後に自動的に対象のプレイヤーのマイルームへと転移します。
以上にな
「Fooouuuu! テンキューNAL、分かった、ありがとう」
『どういたしまして。主に勝利を』
巨大なホールを思わせるチューニのメインロビー。その片隅、薄暗い通路の行き止まりで俺は騒いでいた。
二階へと続く階段の奥の空きスペース。ショッピングモールとかだと、大体カートや備品が置かれてるだろう場所だ。ここまで来れば人影はほとんど無い。
言動がおかしい自覚はある。ロビー中央の吹き抜けで叫ばなかったのは、まだ恥の感情が残されていたからだ。
心がボロボロなのも、ログイン早々変なテンションなのも全部全部、瑠璃が悪い。
俺は通路の壁をつま先で蹴った。革ともゴムともつかない、リボンのついたシューズの先が凹む。
今日は妙に俺に突っかかって来やがって。まさか向こうも俺の存在に気づいてんじゃねーだろーな。王子とか言ってたし、まさか……
そう考えただけで汗が噴き出す。脈がドンドン速くなる。
落ち着け落ち着くんだ。イメージだ、チューニで大事なのはイメージ。
ひとまずは深呼吸。俺はナルだ、隆二じゃねぇ。よしこれで大丈夫。気づいてない、瑠璃は俺がナルだとは知らないはずだ、言ってないし。
気を取り直して、俺は端末を操作した。
NALに言われた通りの手順を踏むと、その場に居ながらエリア移動が開始される。
気がつけば俺はまた狭い音楽室の中に居た。相変わらずモノで散らかっている。これも全部ニャミィさんの趣味なんだろうか。
「お邪魔しまーす」
人の気配はない。恐る恐る奥へと足を進める。背が小さいと中の様子が分かりづらくて不便だ。
部屋の電気は付いている。ならば中には人が……って、ゲーム空間なら関係ないか。
上を向いていたせいで、俺は足元のマイクスタンドの存在を知らなかった。足をつまづかせると盛大にズッコケる。
鼻からモロにいったが少し痺れる程度の痛みで済んだ。ここがゲーム空間でよかった。
その衝撃で壁際のギター倒れる。ゲーム内なら別に直さなくても構わないのでは……それでも見て見ぬ振りは良く無いか。
俺は内心面倒に思いながらも、ギターを起こすため部屋の奥に踏み込んだ。
「何なんだよ、まったく」
「それはボクのセリフだよ」
部屋の隅から声をかけられ、俺は思わず身構えた。声は小学生くらいの少年のもの、ニャミィさんではない。
ドラムの陰から、のそのそと声の主が姿を現わす。やはり子供だ、見た感じナルと同じ歳くらいか。薄緑色の幅広い羽根帽子に同じ色のダボダボの服を羽織っている。
身の丈以上の黒い杖を支えに、ふんぞり返るように俺を見ていた。
「すいません、部屋間違えましたか?
確かニャミィさんのマイルームだと……」
俺は頭を下げながら質問をした。すると目の前の子供は不機嫌そうに答えた。
「あってるよ」
それで終わりと言わんばかりに、子供は口を閉じた。俺を睨む目は、暗に帰れと言われてる気さえしてくる。
「それでニャミィさんはどこにいるんです?」
ここで怯んでは負けを認めたようなもの。俺には非はないし、状況を見ても他人の部屋で我が物顏してるクソガキの方がおかしい。
「さあね、今日はまだインしてないよ」
「じゃあ何で他人のアンタがこの部屋に居るんだよ?」
クソガキは眉をひそめた。コイツも、おそらくはニャミィさんのフレンドなんだろう。
それでも初対面でこの態度は無い。第一印象は最悪だ。
「さっきから何なんだキミは?」
「それは俺のセリフだ、クソガキ。お前こそニャミィさんの何なんだよ」
今日の俺は機嫌が悪い。つい口も悪くなる。
「ただのフレンドだよ。それに子供の姿なのはキミも同じだろう」
言われてみれば確かにそうだ。そういえば首を上げずに話すのは逆に新鮮だな。
「フレンドなのは俺も一緒だ。勝手に人の部屋入りやがって、何様だよお前」
「勝手に部屋に入ったのも同じだろう。それに、人に名前を尋ねるときは……
「まず自分からだろ。俺はナル、アンタは?」
側から見れば微笑ましい子供の喧嘩に映るだろう。
だが少なくとも俺はマジトーンだった。瑠璃の時といい、今日は人災に遭う厄日らしい。
クソガキはハンッと小さく鼻で笑うと、帽子を揺らしながら大きく息を息を吸い込んだ。杖で床をドンと突き、高らかと名前を告げる。
「ボクの名前はグリモワール=ド=エレンウェン=シュバイン=フィン=ザッハバーグ。
現ザッハバーグ家の当主にして、魔法国家ガラスティナにおける最高位の称号の一つ大魔導士を授かりし者だ。
特に召喚魔法に精通していてね。世界に数人しか居ない竜召喚士の一人でもある」
え……何? 聞いてない情報のが多くない?
なんか怖い。
「グリモワールド、エエレン……」
自己紹介において、相手の名前を間違えたり聞き直したりするのはとても失礼なことだ。どんな名前であれ普通なら怒るところだろう。本来なら俺が非難される立場だ。
ところが目の前のコイツは、名前を間違えられたのにどこか得意げな顔をしている。なんだろう、何故だかそれが無性に腹が立った。
「グリモワール=ド=エレンウェン=シュバイン=フィン=ザッハバーグ!」
『主、彼の名前はグリモワール=ド=エレンウェン=シュバイン=フィン=ザッハバーグ。Dランクのプレイヤーです』
「ウルセー!!」
「何でいきなり叫ぶんだよ、せっかく自己紹介をしたのに。
まったく、ニャミィさんもどうしてこんなヤツとフレ登録したんだか」
ブチィ。
あっ、ダメだわ。完全にキレましたよ。瑠璃もNALもそしてコイツも、みんなして人のこと煽りやがって。
「おいグリモ、対戦しようぜ」
右の親指をクイとあげて、俺は背後を指すようにヒジを曲げた。
「なんでそういう話になるんだよ」
「ウルセー。チューニは対戦ゲームだ、ならバトって友情を育むのが普通だろ」
今時の少年漫画でも見ない展開だ。実際メチャクチャ言ってる自覚はあるし、俺自身コイツに八つ当たりする気満々だった。
ところがグリモは真剣な顔で考え込むと、納得したように顔を上げた。
「成る程、一理あるな。分かった、場所を変えよう。
そう言って杖を振ると、床が円形に輝き出す。どうやらゲートを開いてくれたようだ。俺は勇んでその中に飛び込む。
「まぁ、それが目的でボクが呼ばれた訳だしね」
俺は既にゲートの中に居る。グリモは何か言ってたようだが、俺には聞き取れなかった。