17 マイルームで質問責め(後編)
俺はスマホではない端末を使ってプレイしてること、それが原因で自称AIの声が聞こえたり暴走してしまったことなど、今までの経緯を全て話した。
ただ、瑠璃の名前については伏せておいた。ゲーム内で他人の実名を出すのは気がひけたし、余計な騒ぎを招きかねないからだ。それがチャンプである瑠璃なら尚更だ。
ガラケー端末なのも、親父が昔に開発者からコネで貰ったという事にした。どのみち親父はずっと昔に亡くなってるし、俺自身真相は分からない。
時折相槌を入れつつも、俺の話をニャミィさんは静かに聴いてくれた。
「にわかには信じられない話ねぇ」
ニャミィさんは腕を組みながら、神妙そうな顔つきで口にした。
「昨日の対戦中から様子が変だったのはそれが理由だと思うんです。とは言え、暴れたり酷いこと言ってすませんでした」
俺は机に額を擦り付ける勢いで頭を下げた。
「いいのよナルちゃん、アタシもそんな事情があるなんて知らなくて。コッチこそいろいろ疑って悪かったわ」
ニャミィさんも軽く頭を下げる。
ようやくちゃんと謝れた、そして許されたのだ。スーッと胸のつかえが取れた気がした。
「AIのサポート機能とかはゲームには無いんですか?」
「用語集や攻略wikiにも目を通したことあるけど、そんなの聞いたことないわね」
「そうですか」
「実際にプレイしたから分かると思うけど。このゲームは所謂、定石が無いのよ。
基本ルールさえ覚えれば、アバターの強さはプレイヤーのイメージ次第。設定を練って個性や強みを表現出来れば、プレイ時間の差なんて簡単にひっくり返るの」
対戦ゲーム、広く捉えればスポーツもだが、その多くは経験の差やコツがモノを言うものだ。
しかしチューニは全く違う。イメージすれば体は自由に動くし、どれだけアバターの事を理解してなりきれるかが強さに直結する。
「個人が後付けで載せたり、そのアバターのキャラ設定ならまだ分かるわ。
でも機械的なサポートはゲームやイメージの妨げになる。その辺は運営も理解しているはずよ」
「NALはゲームのシステムや戦い方を熟知してましたよ。チュートリアルより丁寧に教えてくれましたし」
むしろ全体的にゲームの説明が少なすぎるのだ。プレイヤーのイメージを重視した弊害とも取れるが。
「……そのアバターの姿も勝手に決められたって話だし、テストプレイ用にサポートAIを搭載してた可能性があるわね。ちょっとデバイス見せてもらってもいい?」
デバイス……端末のことか。
俺は左腕を長机の上に伸ばした。ニャミィさんは俺の端末を軽く触れて操作すると、バンドから外して手に取る。
どうやら適切な操作をすれば、端末を外してもゲームは終了しないようだ。
「何かしら、この印字。型番?」
無駄にデカいガラケーを隅々まで見た後、ニャミィさんは何かに気付いたようだ。俺も顔を突き出して、指で示された文字を確認する。
本体横には確かに「R.K」の文字が刻印されている。しかし型番というにはシンプル過ぎないだろうか、どちらかといえばイニシャル……
そこまで考えてピンと来た。
「R.K」つまり瑠璃香坂だ。このガラケーは、やはり瑠璃の親父が自分の娘に贈ったモノだと確信する。
瑠璃は瑠璃で自分のを持ってるし、多分試作品のあまりかなんかを俺の親父は貰ったのだろう。
「パッとみたところ、アプリは入って無いけどタッチパネルは正常に動くわね。外装を独自に変えただけで中身は普通の型落ちスマホよ、これ」
そこで俺は些細なことに疑問を抱く。
「え、ガラケーじゃないんですか?」
何気なく呟いたつもりだったが、俺の言葉にニャミィさんは虚をつかれたようだった。一瞬真顔になったが、すぐに冗談交じりで教えてくれた。
「違うわよー。ガラケーっていうのは、もっとこうボタン操作で折り畳み出来……ハッ!?」
不自然に話を途切れさすと、ニャミィさんはゲフゲフンと大きく咳をしてしまう。
「ちょっと大丈夫ですか!? 唾が気管支入りました?」
俺は心配になって思わず席を立つ。ニャミィさんは上体を丸めながらも、手を突き出して俺を制止した。
苦しそうに顔を真っ赤にしていたが、ゲームの中だし大事にはならないだろう。
「この端末、使い続けても大丈夫ですかね。NALもだいぶ話が通じるようになって来たんで、昨日みたいな事はもう無いと思いますけど」
恐る恐る俺はニャミィさんに尋ねる。
今日で綺麗さっぱり辞める、確かに覚悟は出来ていた。
しかし無事に謝罪して許してもらえたし、何より俺自身が戦いやゲームの楽しさを知ってしまったのだ。未練があることを自覚すると胸が苦しくなる。
バンドを買い直すとなると、早くてもゲーム再開に二ヶ月はかかるだろう。学生の経済環境は厳しいのだ。
しかし、ニャミィさんの答えは俺の予想の斜め上に行くものだった。
「なら大丈夫なんじゃない」
軽ぅ! えっ何、興味ないの? そういうところは猫っぽいの!?
俺は口をパクパクさせる。
「対戦履歴は当然運営もチェックしてるし、今日来たチャンプも何も言わなかったでしょ。
問題があったら、あのスライム男と一緒にナルちゃんもアカウント消されてるわよ」
あの一本背負いのことか。
「それにどのような物であれ、亡くなったお父さんの形見なんでしょ。なら大切に使ってあげなくちゃ」
「あ……」
そうか。そういえば、これは親父のなんだよな。俺は顔を伏せた。
それなのに俺は瑠璃の、いや自分のことしか考えてなかった。そう思うと親父に対して申し訳無い気持ちでいっぱいになる。
「さっき借りた時にフレンド登録しといたから、この部屋へはヒマな時に遊びに来て良いわよ」
「えっ!? それってどういう……」
「言葉通りの意味よ。今度カード構成に詳しい友人を紹介してあげるわ。遊びながら一緒に上手くなりましょ」
ニャミィさんはウインクしてみせた。初めて出来た、俺のゲームでの友達。
「はいっ! こちらこそよろしくお願いします」
俺の、ナルのチューニはここから始めるんだ。