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11 ケジメの戦い

 初心者広場は昨日と変わらずモブ兵士達で溢れていた。ギリシャだかローマだかのシンプルな白い神殿。柱の隙間からは青空を覗かせている。

 昨日の災害の爪痕は何処にも見当たらない。


「それもそうだよな、ゲームの中だし」


 ホッとする傍ら、肩透かしを食らった気分だ。まぁ平和なのはいい事だな。


 神殿の中を歩いてみる。

 昨日の段階で既に目立っていたが、今日の注目はそれ以上だ。

 俺の姿を見た途端、何人のモブ兵士達が眉をひそめる。おそらく昨日もゲームをしていたプレイヤーだろう。当然歓迎されてる雰囲気では無い。


 俺は気にせず中央の祭壇を目指した。そこが一番人が多いからだ。

 ニャミィさんも俺に負けずかなり目立つ容姿をしている。見つけるのにそう時間はかからない。


 もちろんマッチングポイントを利用する気はこれっぽっちも無い。ニャミィさんが見つからなければ日を改めて出直そう。


「なんか今日はやたらと混んでるな」


 時間はまだ夕方の五時過ぎ。混雑してくる時間帯は確か夕食後の筈だ。その割にポイント付近の人の数は異様に多く感じた。


 マッチングの祭壇が見えてくる頃、ようやく原因が分かった。側で誰かが口論をしているのだ。若い男女の言い争う声が聞こえてくる。

 こんなところで痴話喧嘩、は無いと思いたい。なんともトラブルに事欠かないゲームだ。


「この神殿は初心者エリアよ。貴方は去年からプレイしてたでしょ、一般エリアで相手を探したらどうかしら?」


「その言葉はそっくり返そう。この神殿は初心者エリアだ。適正なプレイヤーランクはE〜D、つまりCランクである貴女の方が相応しくはないのではないか?」


 男女共に一歩も譲らないといった風だ。ただ女性の声には聞き覚えがあった。その綺麗な透き通る声は、忘れたくても忘れられない。


 俺は急いで人だかりに駆け寄ると、人を掻き分けて最前列に顔を出した。こういう時小さいと不便でならない。


 男は背を向けていたが、女性の顔はハッキリと見えた。肩まで伸びた金髪に黒い猫耳。間違いない、ニャミィさんだ。


「私はただ、不慣れで困ってる人を助けてるだけよ。貴方みたいに初心者を狙って、勝率上げようとするセコイ真似はしてないわ」


 初心者に対するベテランの在り方について口論してるようだ。

 初心者狩り。対人要素のあるゲームなら当然出てくる問題だろう。


 自分より弱い奴を倒し続ければ、勝率は自然と右肩上がり。普段ゲームをやらない俺でもその理屈はわかる。

 ランクがどうのと言っていたので、勝率でランクが上がっていくシステムなのだろう。


「そうだと良いんですがねぇ。それにプレイ時間を指摘するなら僕よりも貴女の方が長いんじゃないですか?」


 ニャミィさんは唇を噛んだ。


 初心者助けのフリをしながら、初心者相手に勝率稼ぎをしている。とんでもない言い掛かりだ。

 周りの兵士達の顔を見れば、どちらに非があるかなんて一目瞭然だった。


『初心者狩りと判断』『悪質プレイヤーと断定』


 俺の中で昨日の脳内アナウンスがリフレインする。

 居ても立っても居られなくなった俺は、気がつけば二人の間に飛び出していた。両手を精一杯広げて、男の前に立ちはだかる。


「おいアンタ、それ以上ニャミィさんを悪く言うんじゃねぇ」


 突然の乱入者に、周囲の兵士達の騒めきが一気に大きくなる。


「キミは昨日の……」


 振り向くとニャミィさんと目があった。驚いたような困惑してるような、そんな顔だった。


 昨日の照れたよう笑顔がもう見れないと思うと、少し悲しい気持ちになる。


「なんだい君は、突然割り込んできて?」


 その時になって俺は初めて男の顔を見た。茶髪にタレ目の色白男だ。

 だが俺が驚いたのはその服だった。

 橙のシャツにジーンズなのだ。普通に駅前を歩いていても違和感がない、現実的な装いだった。


 神殿や兵士達のこの空間では寧ろ場違い甚だしい。いや、ニャミィさんも猫耳と尻尾が無ければ似たようなモノか。

 そう思うと、駅前でしつこくナンパするチャラ男にしか見えない。


「ニャミィさんは本当に困ってる人を助けてるだけだ。

 俺は昨日始めたばかりでランクの事も分からない。けどそんな追い出すような真似するなよ、ニャミィさんに謝れ」


 俺の言葉にウンウンと頷くモブ兵士一同、みんなはニャミィさんの味方のようだ。

 心なしか懐疑的だった俺への視線も和らいだ気がする。


「ねぇお嬢ちゃん。突然出てきて的はずれな事言うの、辞めてくれるかな?」


 やれやれと困ったように、チャラ男は肩をすくめる。


「先に僕に突っかかって来たのはそこのお姉さんなんだよ。初心者狩りだなんて言ってさ」


「言葉通りの意味よ。よくそんなことを言えたわね。貴方が新人の女性アバターばかり狙ってるのはみんな知ってるのよ!」


 声を荒げながらニャミィさんは叫んだ。男の態度が彼女の琴線に触れたようだ。


 ニャミィさんの怒りも最もだ。都会に来た田舎娘、もといゲーム初心者の女の子(の姿)を狙うとは悪質極まりない。


 かといって、いつまでも口論していてはなんの解決にもならない。俺はチャラ男に一つ提案をしてみた。


「なぁアンタ、だったら俺と勝負してみないか」


「君とかい?」


「そうだよ。女のアバターだし、悪くない見た目だろ?

 その代わり負けた方がゲームのアカウントを消すんだ」


「何を言うかと思えば……そんな条件飲める訳な


「なら今すぐゲーム辞めろよ」


「何だと?」


 男の表情が険しくなる。


「言ったろ、俺は昨日始めたばかりだって。初心者狩りしか出来ねーヤツが、初心者との対戦断ったらチューニやる意味無いだろ。

 ゲームなんかすぐ辞めろって意味だよ、バーカ!」


 周囲はここで拍手喝采、そうだそうだと同意の嵐。チャラ男は狼狽えながら謝罪を口にし、ニャミィさんは笑顔で俺に抱きついてくる。


 なんて展開も少しは期待していたが全然そんなことはなかった。実際は真逆でシーンとその場は静まり返ってしまった。


 部外者がいきなり出てきて、イキって好き放題言ったのだ。ポカーンとしてしまうのが普通だろう。

 スカッとする展開なんて所詮は演出か。ましてや俺は昨日大暴れした身だ。お前が言うなと思われても仕方がない。


 チャラ男の肩がプルプルと震えている。少なくとも多少の効果はあったようだ。


「そこまで言うなら勝負してやる。自分からアカ消したくなるような、酷負け方させてやるよ」


 チャラ男の低い声からは怒りと憎悪が滲み出ている。そこにスカした雰囲気は微塵も残っていなかった。


 どちらとも無く腕の端末に手をかける。


 勝手も負けても俺にとっては最後の戦い。でも絶対に負ける訳にはいかない。


 これは俺にとってのケジメの戦いなのだから。

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