10 ごめんなさいを伝えたくて
ゲームの翌日は一日中、眠気と頭痛との戦いだった。慣れないゲームに精神を摩耗させられた俺は、授業中も平気で居眠りしていた。
「隆二の顔色悪いよ。荷物はいいから保健室行ったら?」
昼休みの時間、マイペースな瑠璃にまで心配された。風邪を引いていてもパシらせてきたのにこの反応だ。今日は帰ったらすぐに寝よう。
目をつぶれば、燃える神殿の光景がありありと映し出される。
トラウマ植え付けられるにしろ予想の斜め上すぎるだろ。ゲームで失敗した黒歴史のレベルが、自然災害の被害者レベルになったようなものだ。
いや、流石に家を失った人と比べるのは不謹慎か。しかし目撃した映像だけなら同じくらい衝撃だと思う。PTSDって言うんだっけ。
理由がゲームなので、流石に保健室に行くのは憚られる。それでも授業が終わると寄り道をする事なくさっさと帰宅した。
部屋に入ってすぐに目に入ったのは、昨日初めて使用したゲーム機器だった。片付ける事なく床に置いたままの端末を見て、俺は目を細める。
今日はもう眠い、片付けは明日だ。
制服をハンガーにかけて、下着姿のままベッドに横たわる。
目を閉じれば、また炎の光景が脳裏に蘇る。
どうして俺は女の子のアバターだったのか。暴走は何故起きたのか。NALとは結局何だったのか。
無心になろうと意識を閉じる。その度にチラつく炎に邪魔されて、意識は疑問に埋め尽くされた。
疑問の原因は怪しげな端末、それは確かだ。瑠璃に直接聞いてもいいが、俺はもうチューニと関わりたくなかった。
しかし……
俺はニャミィさんの顔を思い浮かべる。不可抗力だったとは言え、彼女には申し訳ない事をしてしまった。
その一点においてのみ、俺は未練を感じていた。
「せめて謝って、出来ればお礼したい」
俺はムクリと上体を起こす。人の体は良く出来ていて、少し横になるだけで疲れは大分癒された。
晩飯にはまだ時間はある。俺はバンドを巻いて、端末ではなく普段使いのスマホを手に取った。あんな危険なモノになんかもう二度と触りたくもない。
VR機器を装着し電源を入れる。また初期設定から始めさせられるが、今後ゲームをする気はもう無い。
モブ兵士姿でニャミィさんに謝罪したら、もうスッパリ引退するつもりだ。これは俺なりのケジメの問題なのだから。
ところがゲームはいくら待っても始まらない。不思議に思ったところで画面にはエラーの表示が現れた。
リンク先の説明を見ると、どうやら初めて起動した時点で端末とバンドは紐付けされるらしい。
つまり暴走端末以外ではもうゲームをプレイ出来ないということだ。
「ええぇ、マジかよ」
個人情報を扱う以上、この仕様なのも仕方がないのかもしれない。しかしヘッドセット程ではないにしろ、バンドも決して安い買い物ではない。
小遣いも残っていなければ、今から電気屋に行く気にもならない。
「仕方ない。アレでログインしてみて、それでもダメなら諦めよう」
出来る限りの行動はしたのだ。たとえ伝わらなくても、それもまた良しだ。
あんな壊れたガラケー、またすぐにエラーが出るに決まってる。それで俺のチューニは本当におしまいだ。
瑠璃の事は癪だが、パシられるのも運命だと思って諦めよう。
……結果、普通にログイン出来た。
数分後には、俺は昨日と同じロビーに俺は立っていた。姿ももちろん昨日と同じ、ゴスロリ少女のナルだった。
もしかしたら、途中で寝落ちして夢を見ていたかもしれない。俺は端末を操作してみた。
設定されてる5枚のカードアイコン。その左端の剣のアイコンは、ごちゃごちゃした武器のモノに置き換わっていた。ドキドキしながらタッチしてみた。
多重兵装剣コスモ・メビウス。間違いなく昨日暴走した時に書き換えたものだ。
俺は一息ついてロビーを眺めると、虚ろな足取りで神殿へのゲートへ向かった。