1 屋上のヒーロー少女
ヨシッ、パンツを覗こう!
イヤイヤ違う、断じて俺はヘンタイでは無い。むしろ至って普通だ。ヤラしくはあるがやましくはない。
青空下の校舎の屋上。周りに人の姿は無く、隣には気になる幼馴染み。更に今の彼女は目隠しされた状態だ。
そして健全な男子高校生の俺は悶々としながらも、いつもパシられ揶揄われている。
冒頭の俺の決意がいかに正常な判断のもとに下されたかがよく分かるだろう。
善は急げ。この俺、木戸隆二は中腰で香坂瑠璃の背後に音もなく忍び寄る。風に揺られた黒髪が、俺の鼻を撫でていった。なんだか良い匂い。
瑠璃は黒光りするゴーグルをかけており、耳にはこれまた厳ついヘッドフォンをつけて立っていた。
これではナニをされても分かるまい。
元はといえばコイツが悪いのだ。今だって俺に昼メシを買いに行かせて、その間自分はゲーム三昧。
そんなの間違っている。コレは正当な対価なのだよ。
クックック。何色なのか、じっくりと見させて貰うゼェ。
腰を落とし、首を傾けたところで何かが俺の顔を覆った。慌てて顔に被さったモノを取り払う、瑠璃の制服の上着だ。
これが何を意味するのか。答えは一つ、瑠璃がゲームを開始する時の合図だ。
白シャツ姿の瑠璃の腰には、男モノらしき幅広の黒いベルト。当然校則違反だ。
右手には頭の機械同様、無骨なスマホが握られていた。
スマホ、いやガラケーだっけ? とにかく古臭いデザインの真四角な端末だ。
瑠璃はその端末をベルトのバックルにセットする。
すっかり見慣れた光景だが、相変わらずダサい。子供向けの特撮ヒーローかよ。
今年十七になる瑠璃はゲームの中とはいえ、変身ポーズを大真面目でやっている。
以前チラッと聞いたが、このゲーム「カオス ヒーロー ユニバース」はその名の通りヒーローに成りきって遊ぶらしい。つまり瑠璃の行動には何一つおかしな点は無いのだ。
それでもゲームに縁がない人からしたら、ただのイタイ女の子としか思わないだろう。
だがちょっと待ってほしい。このゲームが日本でブームを巻き起こしていたらどうだろうか。
しかも瑠璃の父親は他ならぬチューニの開発者であり、彼女自身も国内最強の現役女子高生プレイヤーだとしたら……ここまできたら乾いた笑いしか出ない。
事実、瑠璃の事を表立ってバカにする奴はこの学校にはいない。それどころか特別待遇で単位が保証された身分だ。顔も良いので人気者ですらある。
「買ってきた焼きそばパン、そのへんに置いといて。後で食べるから」
「…………」
首を動かすこともなく、瑠璃は俺に声をかけた。
なんて事だ、背中に目でもついているのか。これが最強の現役JKプレイヤーの実力だとでも言うのだろうか。
「聞いてる?」
「聞いてますよー」
「あと上着とカバン、机の上に置いといてね。よろしく」
俺は制服を畳んで荷物をまとめると、二つの鞄をクロスして肩にかけた。
すっかり染み付いた奴隷体質に我ながら情けなくなる。
いつ頃からだろうか、この重さが苦にならなくなったのは。
「ねぇ隆二」
扉まで行った所で再び声をかけられる。まだ用があるのかと振り向いたら、ゴーグル越しの瑠璃と目があった。
「いつもアリガト」
「おっ、おう」
瑠璃の口角が上がっている。もしかしたら見えないキレ長の目も優しく細めているかもしれない。
礼を言うと瑠璃はすぐに背を向けてしまった。立ったまま、腰の端末を操作している。時折風が吹いては、その綺麗な黒髪を撫でていった。
パシられる俺の気も知らないで。こういう所は本当にズルいと思う。
「でも、カワイイんだよなぁ」
ボソリと呟いて俺は屋上を後にした。
これが惚れた弱みというやつか。
いつか瑠璃を見返してやりたい。
別にゲームに興味がある訳ではない。それでも瑠璃への思いだけが、俺の中でどんどん膨れ上がっていった。