十五歳以下お断り
「ありがとうございました。」
育美は、帰ってくお客さんを笑顔で送り出す。
「育美ちゃん、七番テーブルご指名だよ。」
ミズキさんは店の奥から育美を呼ぶ。育美はたった一時間でキャバクラの看板娘になっていた。
「育美、大丈夫?さっきからずっと出っぱなしだよ。」
千里は、シャンパンと料理を乗せたお盆を持って育美に声をかけた。
「大丈夫。ちょっと疲れるけど、お客さんとお話するのけっこう楽しいもん。・・・あ、ついでにこれお願い。」
育美は、さっきのお客さんが使ったワイングラスや料理の皿を千里が持っているお盆に重ねる。
「ちょっと、こんなには無理だよ。」
「大丈夫!ほら、頑張って。」
育美は千里をどんっと押すと、呼ばれたお客さんの所へ行った。
一時間後。閉店間際にお客さんが来た。その瞬間、従業員さん達の間に張り積めた空気が流れる。
「い、いらっしゃいませ!秋吾さん。」
「おすっ。ミズキさん、いつものワインよろしく。」
後ろに厳ついハゲたおじさんを連れた十代くらいのチャラい男が店にやって来た。
「ミズキさん、あの人誰ですか?」
育美はチャラ男のワインを持っていく前にミズキさんに聞いた。ミズキさんは長々説明したので、分かりやすくした。
あのお客さんの名前は『五十嵐秋吾』。五十嵐理事長の孫で、このお店の常連さんだ。茶色髪をワックスで少し癖をつけていて、顔はちょー美形。白いスーツに胸ポケットには赤い薔薇を刺している。ミュージシャンで言ったら『ダイゴ』みたいな人だ。秋吾さんがいるだけで店の中は明るくなり、ワルに憧れる女の従業員さん達からかなりモテモテらしい。
「いい、育美ちゃん。あの人は大事なお客さんだから、気を悪くするようなことはしないでね。」
「分かりました。」
育美は親指を立ててグッドのポーズをとると、ワインを持って行った。
「お、君可愛いね。新しい子?」
育美がワインをテーブルに置くと、女好きの秋吾がすぐさま目を光らせる。
「はい。私、今日からここで働くことになった育美です。」
育美は秋吾の機嫌を損ねないようにいつもの営業スマイルで自己紹介をする。
「へぇー。育美ちゃんって言うんだ。そうだ、一緒に飲まない?」
ええー。(汗)
育美は戸惑ったが、厨房の壁から覗くミズキさんに『行け行け。』と指摘された。その姿は『家政婦は見た』というドラマにぴったりの図だ。
育美は秋吾の隣に座り、グラスにワインを注ぐ。たくさん飲ませてさっさと帰ってもらおうと育美は考えてたのだ。しかし、その三十分後。秋吾は酔っぱらうと寝るどころかハイテンションになってしまい、手がつけられない状況になってしまったのだ。
「育美ちゃんさ、今付き合ってる男とかいるの?」
秋吾はグラスを片手に育美の肩に手をかけてきた。育美はふと、厨房の方を見た。すると、恐ろしいくらいの剣幕で秋吾を睨み付ける千里がいた。背景に炎を燃やして壁をガリガリ引っ掻いている。
「あ・・・ええ、います。」
育美は秋吾を挑発させない程度に答えた。すると、秋吾がさらに育美に近づいた。
「なぁ、俺と付き合えよ。俺の方が何倍も楽しい思い出作れるよ。」
えええーーーー!?
まさかの告白(?)に育美の心の中は大パニックだった。
「わかってるんだよ。育美ちゃん、あの厨房の奴と付き合ってるんでしょう。」
えっ・・・!?
「だって育美ちゃん、あいつのことずっと見てるんだもん。」
そりゃそうだよ。千里は私の彼氏だし、今壁ガリガリ引っ掻いてやばいことになってるんだもん。
「あんなへなちょこ野郎より、俺みたいなかっこいい男の方が釣り合うって育美ちゃんは。」
へなちょこ野郎・・・。
育美は今の秋吾の言葉にムカッときた。そんなこともお構い無しに秋吾はペラペラ喋る。
「あんなひ弱で眼鏡でショボい奴、眼球にないし。俺みたいに顔もいいし、金もあるし、良いことだらけの男と一緒になった方が絶対幸せになれるんだよ。」
秋吾は酔ったせいか思い切りゲラゲラ笑う。その時だった。
「バシャッ」
育美が秋吾の頭に赤ワインをぶっかけたのだ。その瞬間、従業員さん達は息を飲んだ。
「悪いけど、千里はあんたみたいなデリカシーのない奴から。」
育美は一瞬、『やばい(汗)』って思ったが自分は悪いとは思っていない。だって自分の彼氏の文句言うんだよ。誰だって怒りたくなるもんっと育美は思っていた。
すると、秋吾はくっくと笑っていた。
「大したもんだよ育美ちゃん。俺、気が強い女好きなんだよ。正直、育美ちゃんに惚れたけど、育美ちゃんには彼氏がいるからしょうがないか。」
そういうと、秋吾は立ち上がり、ポケットから黒い財布を取り出した。
「今日はめちゃくちゃ楽しかったよ。これ、今日のお礼。」
秋吾は財布の中から一万円札を十枚くらい取り、それを育美にめがけて投げた。万札が育美の前でハラハラ舞い落ちる。
「でも俺、育美ちゃんのこと諦めたわけじゃないから。絶対俺のものにしてやるから、覚悟しててね。」
人差し指を育美に向けてビシッとかっこよく決めポーズをすると、秋吾はそのまま店をあとにした。秋吾の飯使い達も秋吾のあとを追っていくようにぞろぞろと出て行った。
その後、育美はミズキさんに怒られる・・・と思ったが、その逆でめちゃくちゃ誉められたのだ。秋吾を虜にさせたのは育美ちゃんだけよっと言って頭を撫でてくれた。
それから、ミズキさん達はお店を閉めて、帰って行った。育美と千里も帰ることにした。
「ねぇ、千里。明日学校休みだから家寄って行かない?」
千里はちょっと迷ったがすぐ、うんっと言った。
育美の家に着くと、育美は家の電気をつけて、部屋に入った。
「千里、ちょっと私シャワー浴びてくるから先何か飲んでて。」
そういうと、育美はすぐお風呂場へと向かった。千里はさっきミズキさんからもらったジュースやお菓子をテーブルの上に乗せた。千里は育美が来るまで待つことにした。
待つこと三十分。育美はタオルで髪を拭きながら来た。
「ごめんね、千里。待ったでしょう。」
「いいよ、そんなに待ってないから。ほら、打ち上げ始めよ。」
そして、三十分。二人は打ち上げにめちゃくちゃ盛り上がっていた。テーブルの上が、ジュースの空き缶やポテチとチョコレート等のお菓子の袋が散らばっていた。
「いや〜。千里のバイト姿かっこ良かったよ。あれ写メ撮りたかったし。」
育美はカルピスソーダを飲みながら、酔っ払ったような口調で話す。育美はカルピスソーダを飲むと何故か酔っぱらってしまうのだ。千里はというと・・・無言。
「ちょっと千里、聞いてるの?千里!」
カランッ
千里が持っていたジュースの缶が床に落ちてコロコロと転がる。缶が育美の足元で止まり、ラベルのちょうど名前が見えた。
『果汁五十% すっきりレモン酒』
レモン・・・酒?・・・酒!!!
「えええーーー!千里、千里。しっかりして!千里!!」
千里は真っ赤な顔をして酔いつぶれていた。
「全くミズキさん。ジュースの中にお酒入れないでよね。」
育美はプンスか怒りながら、千里を自分の部屋のベッドに寝かせ、育美は一階のソファーで眠った。
次の日。千里は頭がガンガン痛いと言って目を覚ました。もちろん、その理由は言わなかった。
その一週間後、休んでいた従業員さん達は無事仕事に復帰し、二人はバイトを辞めることにしたのだった・・・。