ブルーな誕生日に温もりあり
九月七日。今日は千里の大好きな育美の誕生日。千里は自分の誕生日の時、学校帰りにお祝いしてもらったので今日はそのお返しに千里が育美をお祝いしようと決めていたが・・・お祝いの主役が風邪で寝込んでいる。
あぁ、愛しの育美。今日は君の一年の中で最高の日なのに、風邪という病魔に奪われてしまうなんて・・・。
千里はセピア色のオーラを醸し出しながら、薄曇りの空を見ていた。
「桜井君!」
千里は誰かに呼ばれ、セピア色の気分が一気に弾けた。千里を呼んだのは真奈美だった。
「これ、育美に渡しといて。今日の宿題。」
真奈美は千里に数学と英語のプリントを渡した。
「えっ、でも真奈美さんが渡せばいいじゃん。」
「私は今日、彼氏と待ち合わせなんだもん。育美には誕生日おめでとうって言ってあるんだ。桜井君、育美の誕生日祝うんだったらついでにお願い。」
真奈美はそういうとそそくさと教室を出て行った。
「ちぇ、まぁ見舞いがてら祝いに行くんだし。」
千里はプリントを鞄の中に終うと、育美の家へと向かった。
「ハ、ハ、ハクション!!!」
その頃、育美は自分の部屋のベッドの上で寝ていた。相変わらず咳とくしゃみが止まらない。
「ゲホゲホ。千里が家に来る前に少しでも部屋を片付けないと。」
そういうと育美は、ベッドから起き上がり、片付け始めた。
床に転がったぬいぐるみや小物を棚の上に置き、小さなテーブルの上に散乱しているコスメは収納ボックスの中に押し込み、山積みの雑誌は本棚に入れる。
「ふぅ、こんなところかな?あ、千里来るからお茶の用意しよ。」
育美は自分が病気なのを忘れて、一階のキッチンへと向かった。キッチンに着くと、育美は棚からレモンティーのパックを取り出し、二つのティーカップにお湯を注ぎ、その中にティーパックを入れてお湯の中で上下に動かした。その時、
「ピンポーン。」
玄関にあるインターホンのベルが鳴った。
「千里かな?」
そういうと、育美は玄関に向かい、扉の外が見える穴を覗いた。そこにいたのは間違いなく千里だった。育美は玄関の扉を開けた。
「千里、来てくれてありがとう。」
「なーに。今日は育美の誕生日だもん。祝いに来るの当然だろ。さ、風邪ひどくなると困るから、早く入ろう。」
千里がそういうと、二人は家の中に入って行った。
「はい、千里お茶だよ。」
育美は、さっき入れたレモンティーを持ってきた。
「育美、起きて大丈夫かよ。熱上がるぞ。」
「大丈夫。午前中に比べてだいぶよくなったから。」
そういうと育美はベッドの中へと入っていった。
「お、俺何か手伝うよ。氷水持ってきたり、お粥作ったり。」
「っていうか。千里にお粥作れるの?」
少しでも育美の役に立とうとする千里だったが育美に、料理ができるの?と突っ込まれてしまう。
「いいから、育美は寝てろ!俺、ちょっと下行って何か作ってくるから。」
育美に馬鹿にされた千里は、意地でも育美を看病してあげようと、初めてのお粥に挑戦することにした。
「千里、ありがとうね。」
千里が部屋から出て行くと、育美はボソッと言った。
「えーと、ここでご飯を・・・あれ、水が先だっけ?どっちだ?・・・あち!」
千里は、慣れない料理に悪戦苦闘し、その結果お粥から急遽野菜スープに変更した。病気にはお粥がよかったが、この方が簡単だったし、栄養が取れるんじゃないかな。っていう千里の言い訳だった・・・。
千里は力作の野菜スープを育美に食べさせた。育美は無理して食べてたかもしれないが、美味しいっと言ってくれた。
「育美、今日親は?」
「お母さん、今日も仕事。昨日から仕事忙しいみたい。」
育美は、千里からもらった誕生日プレゼントの虎柄のウサギのぬいぐるみを抱いていた。
「平気なの?お母さんいなくて一人で。」
「もう慣れっこだよ。小学校の時から一人だったし。」
育美はハハハッと笑って済ませているが、きっと心の中は泣いているんだなと、千里は悟った。
前にも話したが、育美は母子家庭だ。父親は育美が六歳の頃に離婚して家を出て行ってしまったのだ。育美の母親は元々仕事をしていたので生活費は困らなかった。しかし、育美はひとりぼっちの寂しさに戸惑っていた。母親が仕事に行く度に『もしかしたら、お母さんもいなくなっちゃうのかな?』っていう不安でいっぱいだった。
それから何年もして育美も大人になり、友達もできて寂しくなくなった。最近では母親が鬱陶しいと言うか反抗的なのかもしれないが母親と関わりたくないと思うようになったのだ。母親が毎日作ってくれるご飯も食べず、母親からもらうプレゼントやお小遣いは、受け取るのはいいが何の感情ももたない。思春期となった育美にとって甘えたい気持ち、一緒にいたいわがままは真奈美や千里に向けるしかないのだ。十代の若者の反抗は、たいてい家庭の状況からくることがあるのだ。
その頃、二人は千里が切ってくれたぶきっちょなりんごを食べながらいろんな話をしていた。学校での出来事や部活の話。テレビや映画の話。二人は時間を忘れて話しまくった。
「なぁ、育美。今日、お前の家に泊まっていいか?」
「えええ!!!?」
育美は、千里の突然の発言に思わず口に入れたりんごがポロッと落ちそうになった。
「いや。お前の風邪の方が心配だし、親には友達の家に泊まるって言ってあるんだ。駄目か?」
「駄目じゃない。むしろいいよ、泊まっても。」
「そうか。でも、風邪引いているんだから無理するなよ。」
「大丈夫だよ。ほら・・・。」
バタンッ
育美はあまりの高熱で倒れてしまった。
「おい!?育美、育美!しっかりしろ!!」
育美は、顔を真っ赤にしてうなされていた。
私、このまま死んじゃうのかな・・・?
「馬鹿ねぇ、育美は。風邪ぐらいで死ぬわけないでしょう。」
そこには、若い頃の母親がいた。白いワンピースを着て、体温計を振っている。
「軽い夏風邪ね。お母さんが側にいるから、早く寝なさい。」
そういうと、母親は育美のおでこに白い手を当てた。冷たくて気持ちよかった。
「お母さん・・・。」
育美は久しぶりの母親の優しさに感動し、深いに眠りについた・・・。
「・・・・・・ん?」
育美は、いつの間にか眠っていたのだ。育美はムクッと起き上がり、ベッドの横にある時計を見た。
「十時半・・・かぁ。・・・ん?」
育美は再び寝ようとしたその時、自分の頭の上に濡れタオルがあることに気づいた。そして、育美の足元から微かな寝息。育美は足元を見ると、そこで千里が眠っていたのだ。
「千里、風邪引くよ。」
育美はそういうと、千里を自分の布団の中に入れた。そして・・・・・・そのまま眠った。
翌朝。育美は熱を計ると、平熱だった。
「ん〜〜。よく寝た。」
育美はその場で背伸びをすると、千里が育美の側で起きた。
「えええ!育美。なんで俺ここで寝てるの?」
千里は突然の出来事に驚きを隠せなかった。
「だって千里、寒そうだったんだもん。でも、千里暖かかったよ。」
育美がそういうと、千里は顔を真っ赤に染めた。
「お前・・・変なことしてないよな?」
「ってするわけないでしょう。馬鹿!!」
そういうと、育美は枕を千里の顔にめがけて投げつけた。
育美にとって、とっても嬉しい誕生日になったとさ・・・。