みさきが残したもの
その頃千里は、カモメ海岸の端っこにあるテトラポットの上にいた。千里は貝殻でできたネックレスを持っていた。
「みさき・・・。」
千里はみさきとの日々を思い出す・・・。
「ねぇ、千里。『七色の真珠』って知ってる?」
小学五年の時、千里はカモメ海岸が見える病院に入院しているみさきのお見舞いに行っていた。みさきはその時、夏風邪で三日も入院していた。
「七色の真珠?さぁ、知らない。」
千里は器用に見舞い物のりんごの皮を剥いていた。皮はまるで蛇のようにお皿の上でとぐろを巻いていた。
「あのねぇ、昔ママから聞いたんだ。カモメ海岸のテトラポットの上から砂浜を見ると、砂浜に落ちている真珠が虹のように七色に光るんだって。すごいと思わない?」
病弱なみさきは、千里に迷惑をかけないように笑顔で振る舞う。
「でもそれって、海岸でよく採れるアサリが光ってるんだって俺の父さんが言ってたぞ。」
千里は綺麗に剥けたりんごをみさきの前のテーブルに置く。
「千里は夢がないね。千里がこの話を信じてくれると思ってたのに。」
みさきは、小さなフォークをりんごに刺し、一口かじった。
「まぁ、俺だって信じたいけど、本当にそれがあったら見てみたいな。」
千里が手づかみでりんごを食べると、みさきが言った。
「じゃあ私、千里に七色の真珠を見せてあげる。」
「病気が治ったらな。」
「うん、絶対見せる。約束する。」
そういうと、みさきは小指を千里の前に突きだし、指切りげんまんをしようと言ってきたので、千里は仕方なくした。指切った言うと、みさきはクスッと笑った。
それから一年。みさきの病状が悪化した。みさきはたくさんの機械に囲まれてわずかに呼吸をしていた。みさきの両親は病室の外で祈りながら待っていたが、千里はみさきの頼みで病室の中にいる。
「みさき・・・死ぬんじゃないぞ。」
千里はみさきの手を握りしめた。すると、みさきはか細い声で言った。
「・・・千里。・・・七色の・・・真珠・・・約束・・・守るからね・・・。」
みさきは静かに笑うと、それからまもなくして手術が始まった。
それから二時間後、みさきの手術は成功した。みさきは成功してよかったと笑っていた。千里も嬉し泣きして喜んでいた。しかし、それから三日後、事件が起こった。
「えっ・・・みさきが消えた・・・?」
千里は病院や町中をくまなく探したが、みさきは見つからなかった。そして、翌朝、みさきがカモメ海岸で死んでいるのを近所の人が発見した。千里はみさきの葬式では出席せず、みさきがいた病室にいた。千里はみさきの言った台詞を思い出した。
『千里に七色の真珠見せてあげる。』
俺のせいだ。俺が七色の真珠を見たいって言ったせいで・・・。
千里はみさきがいつも持っていたパンダのぬいぐるみを握りしめたまま、大粒の涙を流した・・・。
それから現在、千里はまだその時のことを悔やんでいた。そして今日、千里はみさきのいる所へ行こうと決めた。
「みさき・・・待っていろよ。今、そっちへ行くからな。」
千里はネックレスをポケットの中に入れると、テトラポットのギリギリの所まで歩き出した。その時、
「ガシッ」
千里は後ろへ引っ張られた。千里の後ろには、息をゼエゼエ吐きながら千里の手を引く育美がいた。
「育美・・・どうしてここに・・・。」
すると、育美は呼吸を整えてから言った。
「・・・みさきちゃんが教えてくれたんだ。千里がカモメ海岸のテトラポットの上にいるって。」
「みさきが・・・?嘘だ!!」
千里はそういうと、育美の手を振りほどいた。育美は千里の怒った顔にただ驚くしかなかった。
「みさきは絶対俺のことを恨んでるに決まってる。俺があんなことを言ったせいでみさきが死んだ。俺がみさきを殺したのと一緒なんだ。俺はみさきのために死ぬんだ。みさきは俺が死ぬのを望んでいるんだ!」
千里がそういうと海の方を向いた。その時、
「バシッ」
育美が千里の肩を引き、千里の頬を思い切りひっぱたいた。千里の頬は赤く腫れていた。
「本当にみさきちゃんはそれを望んでいるの?千里が死ねば、みさきちゃんは喜ぶと思っているの?・・・馬鹿!千里の馬鹿!!そんなことしたってみさきちゃんが喜ぶはずがない。むしろ、私やみさきちゃんが悲しむだけなんだよ。千里が死んだら、私はどうなるの?また大切なものを失っちゃうよ。もうあんな思いはしたくないんだよ。千里は生きなくちゃいけないんだよ。千里が生きていることがみさきちゃんにとっては幸せなんだよ。」
育美は泣きながら千里に問いかける。すると、
「千里・・・私は幸せだよ。千里との約束、守るからね・・・。」
空からみさきの声がした。すると、
「あ、千里見て!」
育美は砂浜の方を見た。千里も育美につられて砂浜を見て驚いた。なんと砂浜の小さい粒が七色に光っているのだった。それはまさに七色の真珠だった。
「これ、ビー玉だよ。しかもけっこう古い。」
育美は砂浜に降りると砂に触って見ると、中からたくさんのビー玉が出てきた。
「そうか。ビー玉が太陽の光に反射して七色に見えるって理由か。」
「みさきちゃんも、ちゃんと考えていたんだね。」
二人はこの綺麗な砂浜をずっと見続けていた。
そして、二人はみさきのお墓参りをして、この旅行を終了したのだった・・・。