縺れた恋 複雑な愛
数日後、二人は学校中の生徒の異変に気が付いた。みんな、二人によそよそしく、何か隠している様子だったが、その原因がすぐにわかった。
「ほら、あの人だよ。桜井先輩の彼女。やっぱうちらじゃかなわないよ。」
育美は部活後の着替えの時、後輩数人の話を聞いてしまった。どうやら生徒全員にばれてしまったらしい。育美と千里が付き合っていることが・・・。
「やっぱ大胆し過ぎたかな?」
「でも、隠しているよりはましだと思うよ。陰でこそこそ付き合っていると疲れるもん。」
放課後、育美と千里は図書館にいた。二人は国語の読者感想文の課題を一緒にやっていたのだ。
「あとどれぐらいで終わるかな?」
「わかんない。とりあえずちゃっちゃと終わらせよ。」
文芸が得意な育美は、真っ白の原稿用紙にすらすらと文字を書いていった。
二十分後、二人はやっとの思いで課題を終わらせた。
「終わった。そうだ、ジュース買ってくるよ。課題ちょっと手伝ってくれたお礼に。」
そういうと育美は、白と黒のストライプの柄の財布を持って自販機の所まで走って行った。
「育美、ありがとうな。」
千里は育美に聞こえないくらい小声で言った。
「えーと。千里はミルクコーヒーで・・・私はレモンティーにしよ。」
育美はコイン投入口にお金を入れると、ジュースのカップの下のボタンを押した。
「緒形・・・育美さん、だよね?」
育美は自分の名前を呼ばれたことに気付き、後ろを振り返った。すると、後ろにいたのは隣のクラスの男の子だった。ボサボサの癖毛に普通な顔。同い年にしては小柄で気の弱そうな子だった。
「ちょっと、来て。」
男の子は育美の手を強引に引っ張った。育美はジュースを落としてしまったが、男の子に引っ張られていてどうすることもできなかった。
「育美・・・遅いなぁ。」
育美がジュースを買いに行ってから三十分。さすがに遅いと感じた千里は育美を探しに行こうとした。その時、
「ピリリリリリリ。」
千里の携帯が鳴っている。液晶画面には『昴先輩』と表示している。
「もしもし先輩?」
「・・・プールの前に来い。・・・プチッ、ツーツーツー」
先輩はその一言を言い終わると、さっさと電話を切ってしまった。
プールの前・・・。まさか育美が!?
千里は、急いでプールへ向かった。
千里は、体育館の裏にあるプールの壁からプールの中へと入って行った。プールは夏にしか使わないので、プールの中はごみだらけで水は汚い。おまけに体育館の裏にあるため、人目がつきにくい。
「育美・・・どこだ?」
千里はしばらく辺りを見回していると、
「ガツン!!」
千里は思わず顔をしかめた。千里は頭に強い痛みを感じ、後ろを振り返ると、そこにいたのは昴先輩と先輩の友達数人がいた。
「よぉ、桜井。遅かったなぁ。」
昴先輩は、大きな石を片手でボールのように軽々と持っていた。
「昴先輩、育美はどこにいるんですか?」
「育美?・・・あぁ、緒形のことか。緒形はここにはいないよ。お前を誘き寄せるためにちょっと違う所に行ってもらってるんだ。」
そんな・・・。育美は俺のせいで・・・。
すると、昴先輩はすかさず石を投げ続けた。
「ほら。もっと遊ぼうぜ、桜井。」
次々に襲いかかって来る石。その石の的となっている千里は、思っていた。
育美。君は今、どこにいるんだ・・・?
「・・・で、それで私をここに連れて来たっていうことね。」
「は・・・はい。」
その頃、育美は体育館の倉庫の中にいた。なんでも男の子は、昴先輩の命令で育美をここに連れ込んだらしい。しかし、育美がちょっと指をポキポキ鳴らして睨み付けただけで怯え出して、昴先輩達の行動を全て話した。育美はけっこう怒ると怖いのだ。
「それで、千里はどこにいるの?」
育美は跳び箱の上にひょいっと乗っかると、足を組んで言った。
「い、いやこれ以上言うと僕本当に怒られちゃうし・・・。」
ムカッ。育美はチッと舌打ちをすると、男の子の胸ぐらを掴んだ。
「今度は怪我どころじゃすまないよ。」
育美は半分キレ気味に言う。男の子はびくびく怯えている。その時、
「えっ、千里!?」
育美は男の子を放り投げると、倉庫にある窓の隙間から外を見た。するとそこには、昴先輩達にいじめられている千里がいた。
「千里!!」
育美は、倉庫の扉を勢いよく開けるとプールへと向かった。
「ほらほら、立てよ桜井。」
昴先輩達は千里を蹴る、殴る、拳の嵐。次々に千里を殴っていく。
「せ、先輩・・・どうしてこんなことを。」
すると、昴先輩は千里の短い髪をわしづかみにして言った。
「惚けるな。お前、緒形と仲いいらしいじゃねぇか。」
昴先輩はポケットの中から携帯を取り出すと、画面を千里に見せた。
「これって・・・。」
昴先輩の携帯画面には、育美と千里が一緒に帰っている所の写真が写っていた。
「俺、お前にいつか言ったよな。俺、緒形のこと好きだって。何勝手に仲良くなってるんだよ。」
昴先輩は、千里を無理やり起こすと、プールの側へと連れて行った。そして、プールの数字が書いてある飛び込み台の上に千里を乗せた。
「今すぐ俺に謝れ。そして、二度と緒形に近づかないって誓え。」
昴先輩は、千里をプールの水面に近づけた。プールの水は、ゴミや虫で汚れていて、濁った色をしている。
「もし、謝らなかったら・・・どうなるかわかってるよなぁ?」
昴先輩は、さらに千里を水面に近づけた。その時、
「先輩、やめてください!」
昴先輩と千里は、プールの入り口の方を見た。するとそこにいたのは、裸足で息をゼェゼェ鳴らしながら立っている育美がいた。
「育美・・・。」
「緒形・・・。」
二人共、育美を見て呆然としていた。
「昴先輩、あなたが私のことを好きだって言ってくれたのはすごく嬉しいんです。けど、私は千里のことが好きなんです。先輩には悪いですが、私のことは忘れてください。」
育美は先輩の心の中に問いかけるように叫んだ。すると、
「緒形・・・俺はお前が桜井と仲良くしている所を見た時から、お前のこと諦めていたんだ。この恋はもう叶わないと思ったから。・・・でも」
すると、昴先輩は千里の制服の襟を掴んでぐいっを千里を起こした。
「こいつだけは死ぬ程むかつくんだよ!」
すると、昴先輩は千里をプールの中へ突飛ばした。千里は宙に飛び、そのままプールの中へと落ちていく。
「千里ーーーー。」
三十分後、育美と千里は保健室にいた。
「はっくしょん。」
「大丈夫?ストーブつける?」
「うん、寒い・・・。」
あの時、千里がプールに落ちた時、育美は千里を助けようとプールに飛び込んだのだ。汚い水の中で、育美は必死で千里をプールサイドまで運んだ。その時には、昴先輩達の姿はどこにもなかった。
「まだ水浴びの季節には早かったね・・・千里?」
千里はさっきからぼーっとしていた。すると、
「なぁ、育美。俺・・・育美の側にいていいのかなぁ?」
「えっ・・・。」
千里の口が出た突然の言葉。
『もしかして千里、先輩のこと気にしてるのかな・・・。』
育美は、千里が不安にならないようにそっと頭を撫でた。
「いいに決まってるでしょう。だって、千里は私の最高の彼氏だもん。」
すると、千里がいきなり育美に抱きついて来た。
「ち・・・千里?」
育美は突然のことに少し驚いていた。
「ごめん。・・・でも、しばらくこのままでいたい・・・。」
すると、千里は育美を強く抱き締めた。すると育美は、
「・・・うん。私も千里とこのままでいたいよ。」
と言って、千里をギュッと抱き締めた。
夏がすぐそこまで来ようとしている六月の出来事・・・。