「君の住む彼国」
ある日の昼下がり、いつも大人しいカラスが急激に鳴き始めた。
魔女は眉間に皺を寄せ、
「とうとうお迎えが来たみたいだよ。」
アルフレッドは突然のことに唖然としたが、木々の燃える音や鳥達のざわめきが刹那的に自体の深刻さを伝えるようだった。
「ここでお前が私を討てば貴奴らはお前を英雄と迎え入れるやもしれんぞ。」
唆すように、魔女はこういうと、
「あの国の守りなどたかが知れていますから、私が騎士として使える限りここは安泰です。」
と、凛とした眼差しを外に向けた。
「恐らく彼らの目的は私。魔女様はここでお待ちください。」
と言い、白く暖かい日の光を眩しく反射するサーコートを翻して小屋を後にした。
「そんな所もあの人にそっくりだね……。」
魔女は儚げにその後ろ姿を見つめ、そっと呟いた。
西の森に火を放った後、バルタサールは騎士達を率いて燃え盛る森の獣道を進行した。
「徹底的に探せ!魔女を逃すな!」
計画外の指示に困惑する騎士達を強制するかのようにバルタサールは激を飛ばし、森の深くへと進んでいく。
バルタサールは表情ひとつ変えずに森が焼けていく様子を達観していた。
ひときわ大きな火柱が上がったその瞬間。
爆風と閃光が騎士団を襲い、その炎を切り裂いて姿を現した白い騎士。
その風は辺りの火を消し去り、まるで魔法のように見えた。
「この森を荒らしているのはお前らか。」
低くはっきりとした声が騎士団に向かって放たれる。
「お前は……」
バルタサールは声を失った。十数年前に姿を消した兄であるアルフレッドが今目の前に現れたのだから無理もない。一瞬の空虚の後、「二人で話がしたい。」と ほかの騎士達を退却させた。
「兄さん。しばらくぶりだね。」
物憂げな表情のバルタサールにアルフレッドは
「ああ、帰らずに申し訳なかった。」
と表情を変えなかった。
「あれから父さんは変わってしまったよ。ずっと王宮に閉じこもっているんだ。でもよかった、兄さんはこうして生きている。」
少しずつ歩み寄るバルタサールを避けるようにアルフレッドは
「ああそうか……申し訳なかった。でも、もう帰るつもりは無いんだ。」
相手の高揚を受け流すように、一瞬目を伏せた。
布の切れる音、木漏れ日を反射する剣、殺気立った眼差し、白いサーコートに滲み出る鮮血。
目の前に広がるのは風に揺れる焦げた木の葉。高らかな笑い声。
「ああ、そう。よかったよ、よかった本当に。」
「お前が帰ってきたら俺は王じゃなくなる。そうともなれば俺はまたお前の影になっちまう!!そんな生活懲り懲りなんだよ!!」
「お父様もお母様もいつもお前ばっかり!!俺はユリウスに回されて、本当の愛なんてひとつも受け取ってこなかった!!」
土と灰の上に倒れたアルフレッドに吐き捨てるかのように言葉を浴びせ、バルタサールは森を後にした。
王国に帰ったバルタサールは成果がなかったことを民衆に報告した後、専制政治を行った。
しかしまもなく、原因不明の病で死亡した。当時は欧州諸国でペストが流行していたためそれではないかという憶測もあるが、今となっては真相はわからない。
後継者のいなくなったヴィルトワ王国は崩壊し、列強諸国に合併されることにより長い王国の歴史に幕を下ろした。
白騎士の帰りを待つ黒い魔女は独り小屋で過ごしていた。
不穏な空気と騒然とした森の音が酷く魔女の心を蝕んだ。
これも魔法なのだろう、魔女の心を大きな剣が貫くように衝撃が走った。
いてもたってもいられなくなった魔女は感覚に身を任せて森を駆けた。
そして見つけた、受け入れられない現実。
赤く染まる白のサーコートと蒼白な顔。
走り去っていく馬と高らかな笑い声。
「ごめんなさい、魔女様。こんなはずじゃなかったんです。」
引きつった笑顔と頬に当てられた冷たい右手。
「こんな時まで笑う馬鹿はいないよ……。やめておくれ。」
魔女の頬を伝う大粒の涙は、アルフレッドの額に流れ落ちた。
「魔女様、泣かないで下さい。あなたに涙は似合わない。」
そっと涙を拭う右手は、いつかの日とは違いずっと大きく、逞しかった。
「あなたと共に生きられたこと、あなたから教わった全て。決して忘れることはありません。」
虫の息で一言一言、紡ぎ出す言葉は魔女の心を抱きしめて離さなかった。
「もう話すんじゃないよ……。私もお前と過ごしたこの時間を忘れはしないよ。」
「それから、お前を愛していた。」
やっと言えた言葉とくしゃくしゃの笑顔はアルフレッドに心からの笑顔を取り戻させた。
「ありがとう魔女様。私も貴女を愛しています……心から…。」
その力ない笑顔に魔女は口付けをし、ぎゅっと抱きしめた。
「……。」
西の森からカラスの群れが飛び立って行った。
どこへ行くのか、何を目指すのか、それは誰にもわからない。
読了ありがとうございました。MaQと申します。
「君の住む彼国」お楽しみいただけたでしょうか?
今回この作品を執筆した経緯は、最近Twitterで流行っている #魔女集会で会いましょう というハッシュタグがありまして、ざっくり言うと「魔女が拾った小さな人間がいつのまにか成長してしまう」というようなシチュエーションで絵などを描くというタグだったのですが、それを家でアホ面をかましながら見ていて、とある絵師様の設定とから絵のタッチまで全てがどストライクだったため、これは書くしかねぇと自分の心になにか訴えかけるものがありまして弾丸で執筆させていただきました笑
おそらく執筆時間としては3時間ほどの超短編なのですが、自分の思う魔女像と騎士像をうまく描けたんじゃないかなと思っております。
まだまだ至らないところだらけですが、次回の作品も楽しみにしていただけたら幸いです。
感想やレビューもこれからの糧にしていきますので何卒思ったことを書き連ねるだけでもよろしくお願い致します。
今回はこれくらいでお暇させていただきます。 誠にありがとうございました!




