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第2話 放課後の怪人

 次の日、僕は驚いた。投稿時間に家の前に出ると、門の前に彼女が立っていたからだ。

 髪の毛をピンクにした、と語っていたが、彼女は黒髪のままだ。

 どうも冗談だったらしい。

 やはり、彼女がそんな思い切ったことをするわけがない。

 彼女の性格が記憶どおりだったことに、僕は少し安心した。

 昨日は一瞬だったせいで分からなかったが、彼女はよく見ると血が通っていないような白い肌をしていた。

 もしかすると、不登校なのは病気になったからではないのだろうか。

 僕の頭をちらりとそんな考えがよぎった。


「おはよう、七星」


 僕は手を振って声をかけた。


「僕だよ、海人だよ。忘れちゃってた?」

「海人」


 彼女は目を細め、まるで確認でもするようにこちらの名前を呼んだ。


「そう。昨日は気付かなかったみたいだけどさ。イリスで話したよね」

「昨日、イリスで?」


 遠くて声が聞きづらかったようなので、門扉まで彼女に近づく。


「僕はたくさん喋ったけれど、七星のことは全然聞いてないよね。いつこっちへ帰ってきたの?」

「いつ、ここへ来たのか? 一日と八時間三十四分五十秒前」


 僕は首を傾げた。

 沈黙の隙間を縫うように、僕のポケットから「スクールモードに移行します」とイリスが告げる。


 もうこんな時間だ。僕は余裕を持って家を出るほうではない。


「じゃあ、僕は学校へ行くから」


 早足で去りながらいい、七星に手を振った。


「学校。学ぶ、ところへ?」

「電車の時間がぎりぎりなんだ。ごめん、また後で」


 と、服の袖を引っ張られ、僕は振り向いた。七星が僕の服の袖を握りしめていた。無表情で、しかしものすごい力で僕の袖を引く。正面から見た彼女の瞳孔は開いていた。


「一緒に行きたい。まだ言語が慣れていない、正確にが話すができない」


 そのとき、心の中でアラームが鳴った。

 これはおかしい、と僕の中のなにかが告げている。

 記憶の中の七星は、目の前にいる少女とかけ離れている。

 僕は虫でも止まったかのように急いでその手を振り払い、走って駅へと向かった。


 発車間際の電車に滑り込み、僕は一息ついた。

 じめじめとした嫌な気分が纏わり付いていた。

 僕の取った行動は正しかったのだろうか。

 久しぶりに話した幼なじみに対し、冷たすぎる態度をとってしまったのではないか。

 いや、しかし。

 あのとき僕は彼女に感じてしまった。

 得体の知れない不気味さを。


「よう、どうしたの」


 ふとみると、クラスメートの慎次がそこにいた。

 僕は七星のことを話してみたくなった。

 僕のとった行動が普通の人々から見てどうなのか確認するために。

 にやにやと笑いながら聞いていた慎次は、僕が話し終えるとさも人生の先輩ぶった口調で言った。


「おまえさ、気付かないの?」

「何が?」

「幼なじみが帰ってきて、一緒に学校に行きたいってさ。

 おまえのことを好きなんじゃないのかって思わない?」


 僕は水平線から突き出たビル群が後方に流れていくのを見つめながら考えた。


「そうじゃない気がする」

「なんだ、つまんねえの」


 慎次は不満そうだった。僕にもっと違う答えを期待していたようだ。

 彼のへの字口を見て、少し機嫌を損ねた僕は言い返した。


「相手が僕を好きかどうかなんて実際わからないじゃないか」

「じゃあ、おまえはどうなの?」


 僕は首を捻ってから、窓の外へまた目を向けた。


「それはもっとわからない」






 放課後。駅を降り、坂を上っていく途中で白いワンピース姿の少女の背中が見えたとき、僕は自分から声をかけてみようと思った。

 僕の心の安定のためにも、今日のことは謝っておこうと。


 七星、と声をかけると少女は振り返って、朝と同じように「海人」と僕の名を呼んだ。

 僕は早足で坂を上り、ポニーテールを風になびかせている七星に追いつく。


「今朝はごめん」

「なんのこと?」

「学校に遅れるからって、置き去りにして」

「大丈夫。もう大体のことはインプットできた」


 インプット、という言葉が引っかかった。

 しかしそれを尋ねる前に、七星が手を上げて指さした。


「……離れていて」


 僕はその指の先を見た。

 二つの人影が、坂の上からふらふらと歩いてくる。

 男の二人連れだ。

 しかし普通の通行人の雰囲気ではなかった。

 ホテルによくあるような長いパジャマを着ている。

 何より、まるで獣のような爛々と光る瞳をしていた。


 僕は悪い予感がして尋ねた。


「七星、あの人たちは知り合い?」

「うん」


 そう言って、七星はそろそろと二人組に歩み寄っていく。

 二人組は相変わらずふらふらと歩いていたが、七星が近寄っていくのがわかったのだろう。

 急に背骨がしゃんとした。

 同時に、彼らは上着のポケットから何かを取り出した。

 それが外灯に照らされて全容が見えたとき、僕は心底ぞっとした。

 銃だった。

 ただのモデルガンだ、と思い込みたかった。

 しかし男達は不気味なほど真面目な顔をして、光る瞳をこちらに向けている。


 銃に目を吸い付けられていた僕は、いきなり後ろに飛び退いた七星に突き飛ばされ、スクールバッグと共に転がった。

 耳が痛くなるほどの轟音と、目もくらむ緑色の光。

 光の帯が銃の先から飛び出し、七星のすぐ側を掠めていった。


 銃、というには出るものがおかしいそれを、もう一人の男が七星の頭に向ける。

 瞬間。

 七星の右手があり得ない方向に曲がった。

 関節と逆方向に曲がった腕の皮膚がめくれ上がり、ギアが回るような音をたてて黒い筒が組み上がっていく。

 見る間に、彼女の腕に黒い銃口が出現した。


 七星は横に飛びざま、腕を男達に向けた。

 その腕に内蔵された銃は、彼らの持っているものと同じように青色の光線を連続的に放った。


 男達はうめき声を上げ、一人ずつ道路に崩れ落ちる。

 僕には光に当たっただけのように見えたが、彼らは倒れたきり動かなくなった。


 僕は恐る恐る男達に近寄り、跪いた。

 やはり、血は出ていない。

 彼らの持っていた銃をとりあげる。

 レーザーが出る子供の玩具のような銃だが、玩具というには手にずっしりと重い。


 男たちの銃に気を取られているうちに、するすると七星の銃が腕の中にしまわれ、金属音を立てて関節が元に戻った。

 僕は全身に鳥肌が立っていることに気付いた。

 この子は、七星じゃない。


「……君は、誰?」


 七星は——いや、七星だと思っていたものは無表情に座っている僕を眺めた。


「私はライカ」

「この人達、死んだの?」

「死んではいない。元に戻った。それだけ」


 立とうとすると、すっと白い手を差し出された。

 さっき、不思議な銃と化した手だ。

 少しためらったが、その手を掴んで僕は起き上がる。

 もうそろそろ初夏なのに、その手はひどく冷たかった。


「イリスで救急車を呼んでくれない?

 しばらくは『彼ら』の影響で大丈夫だとは思うけれど、ずっとこのままだとまずいわ」

「彼らって?」


 少女は何も言わず倒れた人々を指し示し、すっと腕を上げた。


「体を乗っ取っていた生命体。半重力に乗って星の外へ行ってしまった、彼らよ」


 七星の言う意味がよく分からなかった。

 しかし確かに二人を道に倒れたまま放っておくわけにはいかない。

 僕は彼らが目を覚まさないよう用心しながら、男の足を持って道の端へ移動させた。

 その間、少女はポケットに無理矢理二丁の銃を押し込んでいた。


 作業が終わると僕は、イリスに「救急車を呼んで」と頼んだ。


「了解しました。救急センターに位置情報を送信します。怪我人は送信者でしょうか?」

「ちがう。二人の男の人」

「了解しました。症状はどのようなものですか?」


 僕は二人組を見つめ、答える。


「倒れている……緑色の光を浴びて」

「それでいいわ」


 暗にそれ以上言うな、と少女に遮られ、僕は黙った。

 確かに玩具のようなレーザー銃に当たって倒れた、という説明ではいたずらと取られてしまうかもしれない。


 了解しました、送信しますとイリスが答えた。

 僕は送信を確認すると意図的にイリスの電源を切った。

 正直、救急隊から他に何かを聞かれるのが怖かった。

 とても説明できる自信がなかった。

 自分でも、まだなにが起きたのか理解していない。


 そのとき、坂の上から聞き慣れた怒鳴り声が響いた。


「七星、家に戻れ!」


 住宅街の坂を転げ落ちるように駆け下りてくるのは、白崎のおじさんだ。


「どこか、行こう!」


 そう言って七星——ライカは僕の手を握った。

 スクールバッグを持ち、促されるままに走り出そうとしたとき、まるで車のエンジンのような音と共に体がふっと宙に浮いた。

 やがて重力が僕らを捉え、他人の家の屋根に僕らは音を立てて着地する。

 一瞬のち、またもや胃がせり上がるような感覚。

 外灯の明かりが足もとにいくつも浮かび、僕は何が起きているかやっと理解した。


 自然の法則に逆らって、僕らは夜の街を跳躍していた。


「落ちる、落ちるよ!」

「大丈夫。今日、足にホッピング・パックを仕込んだの」


 ホッピング・パック。

 軽荷物を送りたいときによく使われる家電ドローンだ。

 町内程度の狭い範囲だが、座標を示せばそこまで自動飛行する。

 だが間違っても足に仕込むものではない。

 何でもないことのように言うライカを、僕はぎょっとして見つめた。

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