一
晴天。まさにそんな言葉が相応しいような、雲一つない青空が広がっている。どこまでも遠く、青く。
頭の良い文学人なら、この空を見て俳句とか詠とかを読むのだろう。だが、残念ながら私にはそんな賢さも教養も無いのだ。
「……こんな夢を見た」
「腕組をして枕元に坐っていると、仰向きに寝た女が静かな声でもう死にますと云う」
私のひとり言に、隣で座って昼食のサンドイッチに齧り付いていた友人がすかさず続く。突然の声に驚き、危うく手に持ついちごみるくを下の花壇に水やりよろしくぶちまけるところだった。
こんな難しい言い回しの文がするっと出てくる辺り、やはり彼女は頭が良いのだろう。もしかしたらサンドイッチを齧りながらこの晴天について一句読み上げているかもしれない。
「どうしたの、いきなり?」
「いやさぁ、あの話結構面白かったなぁって」
「そうだよね、私も結構好きだよ。でも私は第三夜が一番好きかな」
いつの間にか、彼女の手の中にあったサンドイッチが姿を消していた。まるで神隠しにあったようだ。いつの間に平らげたのだろう。話しながら、器用だなぁ。
「三?」
「そうそう。確か十まであるんだよ。私は三が好き、結構不気味でさ」
「へぇ……」
彼女は不気味なものや、気持ち悪いものが好きらしい。彼女がいつも読んでいる本には、海外の絵画がいくつも載っていてそのどれもが何とも不気味で怖い絵だった。でも何より怖いのは、そんな不気味な絵を目を輝かせ楽しそうに読んでいる彼女である。
私には理解出来ないが、彼女にとっては惹かれる何かがあったのだろう。私には理解出来ないが。強調したいので二回言ってみた。これで私がどれだけ理解出来ないかわかってもらえたろうか。
「あの語り部の人さ、やっぱりあの女の人が好きなのかな?」
「うーん、そうなんじゃないかなぁ? 夢だけど」
「夢の中の人に恋をするって、どんな感じなんだろう」
絶対叶わないような恋。いや、絶対ではないか。もしかしたら、夢の中の人は実在する人かもしれないし。
でも、その人が夢の中だけの人だったとしたら。行き場のないその恋心は、一体どこへと向けたら良いのだろうか。ーー私なら、切なくて苦しくて死んでしまうかもしれない。
とうに空になったいちごみるくのストローを咥える。少し残っているかもしれない、と吸ってみたがそんな期待は潰れた紙パックが粉砕してくれた。
昼休みの残りの時間を調べようと携帯を取り出したところで、聞き慣れたチャイムの音が響いてきた。
「あ、予鈴だ。行こ、次体育だから着替えなきゃ」
「はいはーい」
役目をチャイムに横取りされた携帯を再びポケットにしまい、一足先に歩く友人を追いかけた。