その7
「覚えられてるんだ、俺」
コンビニの外はパトカーの赤色灯で照らされているが、平日昼間の住宅街には野次馬など数えるほどしか集まって来ない。
怪我人もいなければ、自動車がコンビニに突っ込んだわけでもないので外観から面白さなど、なにも窺い知ることはできないため、飽きて早々に散っていく。
「私、平日のシフトは滅多にないんですけど、土日の朝は時給がいいので働いているんですよ、ここで」
「へえ、そうなんだ」
ちょっと待てよ、今日は平日だよな?
社畜の呪いで俺の曜日感覚死んだか?
「あ、今日は平日ですけど、シフトの人がいないのと……その、恥ずかしい話なのですが、生活費がないので学校を休んでこっそりと」
たぶん聞いちゃいけない話なんだろうけど……。
「学生さんなの?」
「はい。県内の美大に通っています。道具とかお金もかかるのでバイトをいくつも掛け持ちしていて……」
理由は絶対それだけじゃないだろうな。
食欲的な意味で金が必要になっている気がしないでもないが、まあ人間生きてれば食べる物は必要だから、大食いだなんだと分けて考える必要もあるまい。
「今の時代は便利ですよね。異世界? ってところから来たっていう魔王? って人のおかげで仕事がいっぱいありますし」
世間に根付いている異世界・魔王であっても、こちらの人間はゲートの向こうへは簡単に行けないので、昔からある創作物の異世界・魔王と重ねて考えられていても、興味がない・知らない人にはわかりにくい感覚なのかもしれない。
「一人暮らしとかしてるのかな?」
「あ、なんですか。お兄さん、そういうプライベートなこと、聞いちゃうんですかぁ?」
「ご、ごめん」
軽いナンパ野郎とでも思われたかもしれない。
「嘘ですよ。お兄さんみたいな良い人がそんなことしませんよね。一人暮らしをしています。趣味が料理なので、なるべく自炊をして食費とかを浮かせる努力もしてるんですよ」
「そうなんだ……」
やっぱり一人暮らしは料理ぐらいできた方が食費も浮かせられるのだろうか。
でも、一人分を作るのは手間だったり、野菜や肉を買うのも一人分の少量は割高だったりするイメージだけはある。
それなら洗い物も不要な外食や、レンジでチンできるものだけで済ませた方が効率的かもしれない。
「お兄さん、料理できないんですか?」
「うん、やったことない」
それこそ学校の調理実習が最後だ。
「今の時代、仕事を探すのなら飲食店が一番ですよ」
今はもう手元にないが、俺が求人情報誌をもらうほどの求職中であることは、強盗との会話からでも丸わかりだろう。
「一つ辞めても、すぐに新しいところが見つかりますし、外食系ならやることも大差ありませんから」
女の子の場合はホールに出て接客が主だろうが、男はどうしても厨房で中華鍋とかフライパンを振っているイメージが強い。
家庭だと母親がキッチンに立つのに、外食だと男が立つ。
どうしてだろうな。
「あ、単純ななことか」
むさくるしい男に接客されるよりも、可愛い女の子に接客された方が誰だって嬉しい。
そうなると必然的に男は裏方――調理ということになる。
実に理にかなっている。
「まあ、変な客も多いですけど」
そのとき、バン! と、大きな音がした。
この古くからあるコンビニは自動ドアもなければ、来客を報せるベルの音もない。
だから強盗の来店に俺が気づかなかったのもあるが、重たいドアを全力で外から開いての来客の登場である。
規制のテープとか貼ってないんだな。
「サトー! 無事か!」
白いワイシャツに黒いズボン、赤いエプロンに身を包んだ、赤髪のアホがいた。
どこぞの制服に身を包んだアルフレッドだ。
「なんで、お前がここに」
「親友サトーの危機を聞きつけて駆けつけてきた!」
「危機を……聞きつける、ね」
意図して言ったわけじゃないだろうが、強盗の入って来たコンビニに食い逃げ犯がやって来るという珍しい光景を見ることができた。
まあ、その食い逃げに関してはすべて終わったことであれ、警官の鋭い視線がアルに向いている。
「こ、この……」
しかし、警官よりも先に口を開いたのはレジの向こうにいた女の子、姫川さん。
「食い逃げ犯!」
あろうことか罪状を叫んだ姫川さんは、袋詰めしようとしていた俺の分の肉まんをアルに向かって投げた。
「もごっ!?」
あつあつの肉まんが顔面にクリティカルヒットしたかに思われたが、食い意地の張っているアルは、それを口で受け止めた。
それ俺のなんだけど。
「ふぁにをするっ」
そして食うのな、俺の肉まん。
「姫川さんは、こいつと知り合いなの?」
「はい……。私が夕方から夜にかけてアルバイトをしている、いくつかの飲食店での食い逃げ常習犯です」
「なるほど」
警官も困ったような顔でこちらを見ているが、食い逃げって痴漢や万引きと一緒で現行犯じゃなきゃ逮捕できないんだよな。
それにアルは何度も警察のお世話になっているようなことを言っていたし、迷惑をかけるのは魔王が経営者の店だけだ。
魔王の店がそれらを容認や黙認こそしていないものの、警察に突き出しても訴えたりはしないのだから、こいつら自称勇者たちは何度でも繰り返す。
「ふん。勇者は魔王に迷惑をかけるものだろう」
普通は魔王が人間に迷惑をかけるから、勇者なり冒険者というものが組織されたはずだが……まあいいか。
「ということは、姫川さんは魔王の店でアルバイトをしてるんだ?」
「居酒屋だけでなく、ファミレスとかでも夜はお酒を注文するお客さんが多いんですが、防犯のために強い異世界の人がいてくれる魔王系列のお店の方が夜は安心なんです」
俺のいた工場なんかでも、人型ではない異世界人のような力持ちがいてくれたらフォークリフトとかいらないのに、と思わなかったことはない。
ただ姫川さんの場合は、若い女の子だから酔ったおじさんに絡まれたりするのを防ぐためだろう。
「この赤い髪のテンションの高い大食いの人は、いつも食い逃げをするんです」
酔っ払いだと思われているんじゃなかろうか。
「だから私はこの人を許せないんです!」
今にもまた俺の買った……買わされた食料品を投げられそうで、アルは池の鯉のように口を開けて待っている。
「姫川さん」
「はい?」
「この辺で美味しいラーメン屋さんを知らない?」
「ラーメンですか?」
瞳がキラキラと宝石のように輝き、アルへの興味は失われたようだった。