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ひと味違う全国チェーンの魔王さん  作者: ゆーう
1章 生姜と味噌
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その6

 人間らしい生活のできない過酷な工場勤務を辞め、ついに無職になった俺!

 そんな俺は夜の定食屋で食い逃げ犯を目撃し、その翌朝にはその食い逃げ犯が無銭飲食をしていたところを助けたら、やたらと懐かれてしまった!

 面倒臭いと思いながらどうにかやり過ごして、求人情報誌をもらうためにコンビニに来たら、なんと強盗犯がいた!


 ……これは軽い走馬灯かなにかだったのか?



「な、きゃ、客がいたのか」



 新商品のカップ麺は目立つところに置かれているが、俺はそういう冒険はしない。

 いつだって棚の下の方に置かれている、昔からある同じものを選ぶ非チャレンジャーなのだ。

 それでも深夜でもない時間にコンビニで定価のカップ麺を買うことはなかったが、しゃがんでいて隠れて見えなかったのだろう、この強盗さんには。



「ああ、どうしたもんかなぁ」



 商品の陳列をしていたおばちゃんは腰を抜かしているし、レジの若い女の子は震えているし、強盗もなんだかテンパっているし。

 一番冷静なの俺じゃないか。



「お前、なんで強盗なんてしてるんだ?」

「な、なんでって……仕事をクビになったから金が欲しいからに決まっているだろ」

「なら、働け!」



 俺は怒りに駆られ持っていた求人情報誌を強盗の顔面に投げつけた。



「魔王は言っていたぞ。どんなに能力がなかろうが、うちでは見捨てずに丁寧に教えていくと!」

「ま、魔王が……」

「そうだ。俺は昨日ブラック企業の仕事を辞めてきたところだ。正直、工場勤務以外の仕事など知らないし、経験も資格もまったくない。それでも路頭に迷わないのは、魔王のような従業員のことを考えてくれるやつがいるからだろ!」

「う、それは……」

「お前は逃げてるだけだ。俺はそれで仕事を探そうとしているが、なにも見つからなければ魔王のところに行こうとしている。あそこなら、俺だってなにか社会の役に立てると思っている。あんな立派な魔王の下でなら、人間だって変われるんだよ!」

「変われる……俺も変われるのか……」



 俺は頷く。



「……そうか、やってみよう。一度の挫折なんかに負けないで、やってみよう」

「なら、そんなナイフ仕舞って、その雑誌を持って行け。ご自由にお持ちくださいは日本が世界に誇る素晴らしい文化だ」

「わかった。ありがとう……。人の道を踏み外さないで済んだ!」



 目だし帽の強盗は感動しながら、コンビニの外へと出て行った。

 そして突入のタイミングを見計らっていた警察に速攻逮捕された。



「ふん。人生そんなに甘くないわ、アホ」



 レジの女の子が緊急通報的なものを押していたのだろう。

 俺の位置から外の警察官の姿が見えていたので一芝居うってやっただけ。

 まあ、言ったことは全部本音だけどな。



「お怪我はありませんか?」



 制服に身を包んだ警官が店内に入って来る。



「棚の間で女性が一人腰を抜かしているのと、このレジの子が……」



 へなへなと座り込んでしまっている。



「大丈夫か?」

「あ、はい……いえ、駄目かもしれません」



 どこか怪我をしているようには見えないが、



 ぐぅ~~~~~~~。



 長い音が鳴った。



「お腹空いて動けません……」



 あはは、と薄く笑う女の子。



「これ会計前だけど食べる? 金は俺が払うから」

「いいんですか?」

「あちらの女性や店長さんに怒られないなら」

「こんな非常時なら大丈夫ですよ」



 レジ台に置いたチョコデニッシュを頬張っているので、一緒に飲もうとしたパックの牛乳も渡せば、ストローを使わず直接飲んでいく。



「どんだけお腹空いてたんだ」



 それに非常時って強盗ではなく、空腹の意味じゃないだろうな。



「すみません。朝を食べてからなにも食べてなくて」



 現在はまだお昼だ。

 ここら辺はマンションもない、古い一軒家とボロのアパートしかない古い住宅街の中のコンビニなので、オフィス街なんかと違って昼時に混雑することもない、いつも静かなコンビニだ。

 そのため深夜に来ると品数が少ないのがネックだったりする。



「朝食は食べてるじゃないか」



 それでも美味しそうに食べる女の子を見ていると、なんだか少しいけない気分になってくる。



「ご馳走様でした。アメリカンドックとか食べませんか?」



 ものすごくキラキラした、物欲しそうな目を向けてくる。



「今、ご馳走様って……まあいいや。じゃあ、それを二つ」

「はい。ありがとうございます」



 鶏のからあげなどホットスナックが入った保温ショーケースの中から慣れた手つきでアメリカンドックを二本出して、パキッと折ってかけられるケチャップとマスタードが一緒になったのをくれた。



「んじゃ、いただきます」



 さっき入って来た警官はおばちゃんの方に状況を聞いているが、このコンビニ被害がなかったとはいえ、こんな好き勝手やっていていいんだっけか。



「美味いなぁ、こういうのって特別な感じがする」



 甘さを感じるパンの部分。

 奥の方にあると感じるぐらいにボリューミーなアメリカンドックの根幹ともいえるソーセージは柔らかいながら、しょっぱめの味付けがされており、ケチャップなんかがなくても、それだけも満足できる下味がついている。



「これが一本百円っていい時代だよな」



 俺が半分ぐらい食べ終わった時、彼女の手にはもう串しか残っていなかった。



「美味しい……。こんな贅沢は滅多にできないから」

「働いてるのに?」

「働いてても食べさせてもらえませんもん」



 焼肉屋だからって焼肉が食べ放題なんてことはあるまい。

 社割やまかないがあったとしても、好きなものを好きなだけというのはどこもないだろう。



「あ、お礼を忘れてました。お腹が空いて動けないところを助けていただき、ありがとうございます」

「うん。会計してくれる?」

「はい!」



 空腹から解放されたせいか笑顔でレジを打ってくれる。



「っていうか、強盗から救った方のお礼じゃないのか」



 恩着せがましく言うつもりはないが、あまりにも平然と言うものだから、頭があんぱんのヒーローにでもなったかのようだ。



「……あの」

「はい?」

「なんで、串からあげとハッシュドポテトまでレジに打ってるのかな?」

「えっと……肉まんも……」



 上目遣いで見上げられた俺は。



「俺の分も頼む」

「ありがとうございますっ!」



 朝の自称勇者のアルフレッドに続き、昼はコンビニで女の子に奢ることになるとは。



「私、姫川桜っていいます。お兄さん、たまに朝早く買い物に来てくれてますよね?」



 工場勤務を辞めた途端、面倒な異世界人と可愛い女の子と出会ったのであった。

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