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ひと味違う全国チェーンの魔王さん  作者: ゆーう
1章 生姜と味噌
3/18

その2

 ニートの朝は早い。



「起きる必要ないのに完全に慣れだ……」



 今日から新しい働き口を探そうと思うものの、見回して確認できる一人暮らしの部屋は寂しさに溢れている。


 築十数年のオンボロアパート。


 毎日寝るためだけに帰って来ていた部屋には、コンビニで買った、間が抜けた週刊の漫画雑誌が数冊。

 仕事で毎日を圧迫されつつも曜日感覚を失わないようにと買ったやつだが完全に無意味だった。



「朝飯でも食いに行くか」



 今の時代、コンビニだけでなく二十四時間営業の店は多い。

 一度は廃れかけた二十四時間営業であったらしいが、異世界とのゲートが開かれて以降、このサイタマ県はトウキョウ都よりも、人――特に異世界人が多いため二十四時間営業の店が多いという。




 洗顔をして着替えて、アパートを出る。

 仕事道具はないのでいつもほぼ手ぶら同然だが、もう片道一時間半で終電までの仕事がないというだけで体がすごく軽い。




 朝食なんてどれぐらいぶりかわからないが、近くのファミレス『スカイウォーク』へと入った。

 朝の七時では待ち時間など当然なく、モーニングの格安メニューが楽しめる。



「存在だけは知っていたけど、まさか来れる日がこようとは」



 ライスかパン、プレートメニューにドリンクバーがモーニングではセットでワンコインでお釣りがくる。

 空腹時は出勤中に菓子パンを食べることはあるが、ちょっと贅沢な朝。

 案内された席からは大きな窓を通して明るい世界が見える。

 注文したモーニングセットはコーヒーがおかわり自由。

 トースト二枚と卵二つ分の目玉焼きにカリカリのベーコン、小鉢に小さなサラダ。

 ハンバーグにのっていない目玉焼きというのも久しぶりに見た。

 ナイフとフォークでオシャレに目玉焼きを切って口へと運ぶ。

 かけるものは醤油が好みだが、トーストとのセットのせいか塩と胡椒。



「白身の部分が美味いし、黄身も良い半熟加減だ」



 量が少ないのでちょっとずつ堪能していると、斜め向こうの店内の中心付近にいる一組の客に目が行く。

 黒縁の眼鏡をかけた黒髪ストレートの細身の女性と、背中しか見えないがその女性二人分はありそうな恰幅のいい男。



「どういう関係なんだろう」



 女性の方のテーブルにはコーヒーと、なにかの冊子がいくつか広げられていて、男の方は朝からハンバーグの鉄板メニューを頼んでいる。

 異世界人も来る店だから、二十四時間営業している以上、モーニングの時間でも通常の時間帯のメニューも注文できるのは知っているが、朝からあれは胸やけしそうだ。



「遅くなってスマン」



 店内に響く来店を報せるベルの音と同時に、店内に響き渡る大声をあげて入って来る若い男。



「あ、昨日のやつだ」



 定食屋『小冬』で食い逃げをしていた異世界人と思われる赤髪の青年だ。



「遅い」



 席に近づきながらウエイトレスにモーニングを注文した男は、その二人組に合流してすぐに女性に文句を言われていた。



「悪い悪い」

「昨日は留置所には入ってなかったんだよね?」



 太った男に訊ねられる男は、



「ああ、そうだなはッ!」



 女性の隣に座ろうとして蹴り飛ばされた。



「男は向こう」



 眼鏡のツルの部分を指で持ち上げながら冷たく言い放つ女性。


 こわっ!


 ジロジロと見ていたら、こちらまでとばっちりがきそうなので、なるべく気配を消して観察を続行する。



「そっちに寄ってくれ」

「無理だよぉー」



 太った男はのんびりと言いながらもフォークとナイフの手を止めない。



「あんたはアホなんだから子供用の椅子にでも座っていればいいわ」

「アホとはなんだ、アホとは」



 文句を言いながら男は通路を挟んだテーブル席の椅子に座った。



「確かに昨日は食い逃げに失敗したが、留置所には入れられなかったのだからセーフだろセーフ」



 どこら辺がセーフなのだろうか。

 しかし、異世界人の食い逃げ犯が多いのには理由があるのだが、そのほとんどがしっかり捕まっており、示談で済む場合もあれば警察に捕まることもある。

 昨日の彼は示談で済んだのだろう。



「で、今日の予定はなんだ?」

「僕はアキバ」

「私はナカノ」

「お前ら……俺と一緒に魔王を倒そうとは思わないのか!」



 声高に叫ぶ男の前にやってくるウエイトレス。



「モーニングのセットです」



 何事もなかったかのように赤髪の青年の前に置いてウエイトレスは立ち去る。

 他にお年寄りの客がいるぐらいだし、ここは魔王が経営者ではないファミレスだし、異世界人に対して強く言えないのと、大して気にしていないというのが本音だろう。



「もう一度聞く。俺と一緒に魔王をぶっ殺してくれ」



 太った男と眼鏡の女性とは温度が違い過ぎる男の物騒なセリフにさえ、誰も反応しない。



「イヤよ」

「な、なんでだ! 俺が渡航費を出してやったんだぞ。コツコツと金を貯めて」

「私、午後からバイトだし」



 ぐっ、とぐうの音も出そうにない男が最後の頼みとばかりに太った男を見る。



「おかわりしていい?」



 そう訊ねた瞬間、呼び出しボタンを押して、奥から出てきたウエイトレスに口頭で「おかわり」と伝えている。



「……好きにしろって、俺が言う前に注文終えてるな」



 どういう関係なのかわからないが、異世界からの住人三人組。

 その中心にいるのが赤髪の男だが、少し見ているだけで雑に扱われているのがわかる。



「そんなに魔王を倒したいなら、あそこで見ている人にでも頼んでみれば?」



 眼鏡の女性と赤髪の男の目が俺を見る。

 俺は背後を振り返るが、角の一番奥まった席だ。



「彼は何者なのだ? もしかして、すごく、すごい人なのか……! 伝説の伝説とか」



 赤髪の男が震えながら女性に訊ねているが、



「知らないわよ。あんたの相手をするの疲れるし」



 すごい本音を隠すことなく、面倒な人間の相手を赤の他人の俺に押し付けたぞ。

 俺は呼び出しボタンを押してコーヒーのおかわりを頼む。



「カリカリのベーコンもすっかり冷めてしまったな」



 向こうの会話は聞こえていない振りをしながら食事の手を進める。



「今度はライスの方を注文してみよう」



 白い湯気のたつおかわりのコーヒーをブラックで飲みながら、しみじみ思うのであった。



「ところで、昨日食い逃げ失敗して金支払わされたから金ないんだ。モーニングの代金誰か払ってくれ」



 そう言いながら、赤髪の男はコーヒーのおかわりをしている。

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