その7
会計はやっぱり全額俺が支払ったが、アルが途中で自爆したことと、百円の皿しか食べなかったので、そこまで高くはならなかった。
「ご馳走様でした。サトーさん、今度なにかお礼をしますね」
「いいよ、気を使わないで」
大学生の姫川さんに気を使われるとは情けない。
「今、無職なのに……」
「そこは気を使ってくれると嬉しいな!」
すっかり日も暮れて、この回転寿司はちょっと早めの夕飯になりそうだ。
お腹が空いたらコンビニでパンでも買いに行けばいい。
「サトー、もうすぐ異世界タクシー来てくれるぞ」
異世界ゲートから出てきたリコッタさんもいるし、多少離れた場所でもアパートまでは金をかけずに帰ることができそうだ。
「ところで、リコッタさんはこれからどうするの?」
異世界人はこちらに来てから生活基盤を整えるのは時間もお金もかかる。
今の時代なら、魔王系列の飲食店で即日住み込みの仕事も見つけられるが、十六歳の女の子には少々ハードじゃないだろうか。
「そういえば、どこか決めてきたのか?」
アルも知らなかったようだ。
「あれ? 言ってなかったっけ? 私、お兄ちゃんの部屋に住むよ」
日帰りで来たわけでも、どこかに住み込みでもなく、なんと兄のアルの部屋――俺の上の階にやってくるらしい。
「聞いてないぞ」
「言い忘れてたのは悪いけど……」
しゅん、と小さくなってしまうリコッタさん。
「私、他に行く場所ないし」
「俺にサトーの部屋に引っ越せと言うのか!」
それは誰も言っていない。
工場勤務でほとんど家にいない時ならまだしも、今はほとんど家で過ごしているんだから、アルのようなうるさいやつと同居なんて仕事よりも疲れる。
「迷惑でしょ! それなら私がサトーさんの部屋に行って、お掃除とかお洗濯とかするよ。お料理も少し勉強してきたんだから」
まあアルが来るよりは助かりそうだが……って。
「独身の一人暮らしの男の部屋に女の子が来るのは色々とまずいと思うから」
「大丈夫ですよ、未成年でも結婚を前提としたお付き合いなら、どちらの世界でも合法ですから」
俺だけじゃなく、アルも姫川さんも目を丸くして、耳を疑った。
「お兄ちゃんの苦労話を共有できる人って他になかなかいませんし、お兄ちゃんしか男の人を知らない私から見ると、サトーさんは優しくて素敵過ぎて……」
両手を頬に当てて身を捩らせるリコッタさん。
「サトー、俺の妹をよろしく頼む」
「いきなり!?」
可愛い子だし、兄と違ってすごくいい子で悪い気はしないが、相手は異世界人の十六歳――なんてことではなく、
「サトーさんって女子高生が好きなんですね。ちょっと幻滅です」
姫川さんから冷ややかな目が向けられる。
「サトーさん、私のことがお嫌いですか? そんなわけないですよね」
目が怖いんだけど、リコッタさん。
「ちょっとタイム」
アルが二人を制して、俺を二人から離れたところまで連れ歩く。
「なんだ、どうした」
「……うちの妹は可愛いんだが」
ノロケか。
「父や母よりも強い。当然、俺よりも強くて怒ると静かに怖い」
それは知っている。
「そして自分の思い通りにならないと笑顔で切れる」
「切れるって……投げられるのか?」
「あれはまだいい方だ。もしも、の話だが」
改まるアルの口調に息を呑む。
「まだ魔王と戦闘状態にあったなら、一番魔王を倒せた可能性が高いと言われているのがリコッタだ。それぐらい強い。だから俺は……あいつが十六になる前に、必死に金を貯めて、こっちの世界にいる魔王をぶっ殺すしかなかったんだ」
「それって……魔王を殺して世界に認めてもらうためってやつか?」
「そうだよ。リコッタと直接戦うことを考えたら魔王なんてもう赤子の手を捻るようなもんだ」
どんだけ強い妹を持ってるんだよ。
あと赤子の手を捻れるほど魔王と実力差があるとは思えない。むしろ、アルの方が吐息で魔王に吹き飛ばされそうだ。
「お兄ちゃんタクシー来たよ」
「あ、ああ……」
アルが冷や汗をだらだら流しながら、リコッタさんに返事する。
「もう、男二人でなにを話してたのよ?」
リコッタさんが疑いの目を向けてくる。
「もしかして、私の悪口とか……」
「違う違う違う違う! サトーはな、俺が惚れただけはあるすごい男だから、妹を頼むと、兄から念押ししていただけだ」
おい、取返しがつかなくなるようなことを言うな。
外見も性格も申し分ないはずなのに、なんだか恐ろしい裏事情を聞いてしまえば二の足を踏んでしまう。
「それならいいや。お兄ちゃんって優しいんだね」
「お、おう。そうだな……」
こんな情けない自称勇者なんて、他のどの世界にだっていないだろう。
異世界から魔王がやってきたことで、日本の経済も食文化も発達した。
日常生活を送るうえでは、安くて美味しいものがたくさん食べれるので文句はない。
だけど、それに伴いやってきた色々な楽しいことや面倒ごとは数えきれないぐらいある。
「異世界の魔王はひと味違うか……」
それは食事そのものの味だけでなく、違う世界の人間と一緒の食卓を囲むことが、隠し味の一つなのかもしれない。
どんな美味しいものでも、一人で食べるよりも、誰かと食べる方が何倍も美味しい。
俺はその事実を深く噛み締めたのだった。




