その0
今から五十年ぐらい前、サイタマ県の某所に異世界へと通じるゲートが開いた。
大きな空港もなければ、漁港もない内陸の地サイタマ県にとって、唯一日本国外と通じる場所となり大きな話題を呼んだ。
ファンタジー創作で描かれてきた異世界と呼ばれるものが実在している証明を、そこから現れた異世界人がしてくれた。
人間と多少違う外見をした生き物や、人間と同じ見た目でも文化や風習の違う異世界人たちであったが、日本人の桁外れな順応性で簡単に彼らを受け入れられたのは、言葉が通じ敵意や悪意がなく、向こうから外交や交流を望んできたのが大きいだろう。
しかし問題が起こらないわけがなかった。
大小様々な問題が起こったが、日本の元号が変わったり、税率が変わったり、新たな紙幣に変わったりしても、どれも時間が経てばそれを受け入れ、慣れていくものである。
「食い逃げよ!」
店主の女性が声高に叫べば、マントを纏ったそいつは颯爽と店の外へと駆けていく。
平らげたのはオムライスとハンバーグセット、豚汁とカレーライスと塩ラーメン。
おまけにバニラアイスに季節の果物盛り合わせ。
どこの大食い選手権の選手だと言わんばかりに腹に収めたそいつは苦しそうに店の外へと走って行き、
ドシン!
すぐに大きな音がして、大の男が必死に謝る声が、入り口の開け放たれた店の外から聞こえてきた。
その一部始終を見た俺は味噌汁を啜りながら思った。
「またか」
毎日見れるわけでもないが、大して珍しくもない光景。
これが今の日本、サイタマ県で見ることのできる平和な日常なのだ。