僕の好きな人
僕の好きな人は、僕のすぐそばにいる、遠い存在だ。
いま、彼女の背中にぎこちなく身を預けている。この橋を渡れば、目的地はもう目の前だ。彼女は僕を乗せて、そこに向かいバイクを跳ばす。最短距離を選んでいるのは、聞かなくてもわかる。
そもそも、逆だろう?二人乗りなら、普通は男が前だ。バイクに女の子を乗せて海沿いをドライブ。密着感と緊張感は、二人乗りの専売特許だ。光り輝く海沿いの街も、絶好の演出をしてくれる。そうなりゃ恋人じゃなくても気持ちが高ぶるってのがセオリーだ。僕が女なら、少なくとも相手を男として意識するだろう。
いまの僕らがそんな展開を迎えることはない。 目に映る夜景も、見えているだけの模様みたいなもんだ。彼女の背中と僕の胸には1ミリの隙間もないのに、出口の見えないトンネルみたいに遠く感じる。12月の冷たい風が、頬をかすめていく。
赤だ。この信号を過ぎたら、もうゴール目前だ。あー、信号変わらなければいいのに。僕の気持ちに気づいて欲しいような、欲しくないような。思春期過ぎた男が、何考えてんだか。こんな気持ちは、やっぱり知られたくない。
「寒かったでしょ、橋渡るとき。あそこねー、夜景綺麗だから、少し遠回りした。ごめんね、でもちゃんと間に合わせるから。へへ。」
振り向いた彼女がイタズラに微笑んだ。手袋で鼻を押さえながら鼻水をすする横顔が愛しくて、ヘルメットごと腕の中に包みそうになった。
「青だよ」
思わず言ってしまった。
バイクが走り出す。
僕の好きな人は飾らない、クールでお茶目な人だ。僕がバイクを降りたら、じゃあねと手を振ってあっという間に見えなくなるだろう。行きつけのラーメン屋に寄って帰るのも見当がつく。明日はクリスマスだ。柄じゃないけど、彼女に花を買おう。サンタが乗ったケーキもあればマスト?いきなり届けたらびっくりするかな?でも喜んでくれる、そんな気がする。
メリークリスマス。
目を閉じて、冷たい空気を吸い込んで、彼女の背中にそっと呟いた。