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県立図書館のお話  作者: 村咲 遼
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渡邊夏蜜のこと

救急車で救急病院に向かうため、一応周囲に確認し、黒田が夏蜜なつみのバッグを確認する。

家に電話を掛けようと、携帯か自宅の電話番号を確認したかったのである。


しかし、携帯電話はなかった。

あるのは古ぼけた、ゲームセンターか何かでもらった景品のキーホルダーのようなミニがま口。

と、古い型の電子辞書の入った巾着袋に、100円ショップで購入したらしいカードケース。

その中には図書館のカードしかなかった。

がま口を開けても、173円しか入っていない。


「えっ?」


黒田はこれも古い、修復したあとのあるバッグを確認するが、あるのはそれだけ。

唖然とする黒田に揚羽あげはは、手を握ったまま、


「図書館で登録していませんか?住所と電話番号を」

「あ、そうだった」


黒田は携帯を操作し、職場にかける。


「もしもし……黒田です」

『あぁ、先輩。何か?』


主に修復を担当する後輩である。


「済まない。渡邊夏蜜わたなべなつみちゃんの住所と電話番号を確認して貰えないか?」

『は、はい。カード番号は?解ります?』

「あぁ、6桁で……だ」

『住所は……社会法人の児童養護施設。ほたる園です。電話番号は……』

「教えてくれ。それと今すぐ、一度そちらからかけておいて貰えないか?こちらの不注意でと謝罪と、夏蜜ちゃんには何も非がない事を念を押して欲しい」

『解りました。どこの病院にいかれるんですか?』


黒田は救急隊員に、


「どちらの病院に……?」

「今日の救急病院です。駅近くの病院ですね。もう到着します」


慌てて電話番号を胸にいれていた手帳に、ボールペンで児童養護施設『ほたる園』と電話番号が記載される。


「では、様子がわかり次第、こちらからも向こうと、図書館に連絡する。診断書と、今回は保険適応外だ。私が出しておくから、いいか?」

『はい。よろしくお願いいたします』


電話を切り、ため息をつく。

その虚しそうな、辛そうな声に、揚羽は問いかける。


「どうしましたか?」

「いや……幼稚園時代からずっと来ていたんだ……。まぁ、当初からは、下の児童書コーナーで、小学校一年か二年でピョコピョコと頭を覗かせて、『図書館の先生……おとなしくしているので、ここの本を読んで良いですか?』って、はにかみ笑いながら背伸びしてテーブルに身を乗り出してね」


思い出したように微笑む。

手にしたのは、小さい手作りらしい袋に納めてあった、ゆるキャラのシールや可愛いリボンやハートマークのデコレーションを貼り付けた古い型の電子辞書。


「『難しい本が多いよ?下の本は?』って聞いたら『全部読みました‼』ってね。ロッカーが高い所しかなかったりする時には、私たちが荷物を預かったりすると、『ありがとうございます。先生』って。私たちの階では夏蜜ちゃんのような小さい子はほとんど来ないだろう?だから私たちは、時々構うようになってね。あの休憩室でお菓子をあげたり、『先生、先生。この本。この漢字の意味がわからないんです。読み方は?』とか聞いてきてね……。こんなに小さいのに大きな辞書を持ち歩くのもと、だから『この間スマホに辞書機能アプリを入れて使わなくなったんだ。これを使ってごらん。古いもので、リサイクルショップでも買い取ってもらえないけれど壊れてはいないから』とあげたんだよ。そうしたら、パァァっと目を輝かせて、『良いんですか?先生‼』って」

「そうなんですか……このシールは……」

「私じゃないよ。同僚が『あ、そうそう。この間貰ったのよ。シール。その蓋じゃ可愛くないでしょ?』ってね。3人くらいでペタペタ、髪ゴムに使うようなそのピンクのチェックのリボンは、趣味でハンドメイド品を作る同僚の女性がその場で縫ってね、接着剤でつけたんだよ」


携帯で言うデコレーションだが、子供らしく可愛らしい。


「大事に大事にしていてくれたんだね……でも、知らなかった。児童養護施設から通っていたなんて。図書館から結構かかるだろうに……」

「そんなにかかるんですか?」

「ほたる園は、蛍池町ほたるがいけまちにある。バスでは一番近い停留所からでも大人の足で10分はかかるし、173円では、その停留所にもいけないよ。バス代は高いからね。子供料金でも……」

「蛍池町‼遠くないですか?えぇぇ」


救急車が止まった。

後部が開き、夏蜜を乗せた寝台車が引き出され、手を握られている揚羽はそのまま着いていく。


「お兄さんとお父さんですか?」


連絡を受けていた看護師が揚羽と黒田に声をかける。


「いえ、私は図書館の司書の黒田ともうします」


名刺を差し出す。


「彼は、実はこの子のお兄さんじゃなく、事故に巻き込まれた青年で、吉岡揚羽よしおかあげは君です。頭を打っているので、一緒に来てもらいました。夏蜜ちゃんの事故を目の前で見ています」

「では……」

「それが手を離してくれなくて……」

「では一緒に手当てをしましょう。一緒に。黒田さんは、診察室の前でお待ちいただけますか?お伺いできればと思います」


てきぱきと告げると、夏蜜と揚羽をそのまま連れていった。

そして、別の看護師が、やって来て、カルテに記載するために、情報収集のためにやって来る。


黒田は丁寧に、夏蜜の情報と揚羽のこと、図書館の備品である脚立が古く重くその上危険だった為に、買い替えを上に頼んでいたが、その前に、このような事件になってしまった事を伝える。


「では、まずは夏蜜ちゃんが、その危険な脚立に乗って本をとろうとして、バランスを崩して落ちたのですか?夏蜜ちゃんが自分で……」

「いえ、こちらのミスです。古く重い脚立で、グラグラとしていたのです。あまり言いたくないのですが……」


浮かない顔を作り、黒田は告げる。


「最近、実は備品の点検をしていて、脚立が危険だと言うことで、新しい脚立を購入してほしいと予算をあげていたのですが……来てくれるお客様のためにと、優先的に本をと、予算を……それを上司が、自分の備品代に使ってしまい……この事故に……。揚羽君は言っていたと思いますが、まずは夏蜜ちゃんは背中から落ちて揚羽君は頭に本が落ち、でも夏蜜ちゃんは大丈夫かと焦っていたら、正座して謝り始め、その上に重い脚立が夏蜜ちゃんの体の上に倒れていったのだとか……」

「まぁ……脚立は?重さは幾らくらい……」

「かなり重いです。鉄製でもう、30年ほど使っていますので。錆びもあり、乗るときにもミシミシグラグラとして……。ですので軽く丈夫なものをと言っていたのですが……」

「まぁ‼ですが……図書館の……」


躊躇う看護師に、


「いえ、これは、事故です。こちら側に非があります。申し訳ありません。こちらで対処させていただきます」

「そうですか。解りました。では……こちらでお待ちください」


書き込みをしたメモを手に、看護師は頭を下げる。


「よろしくお願いいたします……」




看護師を見送った黒田は、ベンチに腰を下ろすと、大きくため息をつき、うつむいたのだった。

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