騎士を目指す者
「本当に村に残らなくって良かったのか?」
ライクはいばらの塔の森の中を歩きながら、自分の肩に乗っているエインセールへとそう言葉を掛けた。
その言葉はつい先程森の中で魔物に襲われて恐い思いをした彼女を気遣ってのものだった。そんなライクの言葉にエインセールはこくりと小さく頷く。
「はい。私はアズヴァルト様にライクさんの試験を見届けるように任されました。それにライクさんの強さならば試験は問題ないと思います。仮に私がまた襲われる事になったらライクさんはきっと助けてくれます」
そう自信満々にエインセールは言う。
あの後、 無事にアルトグレンツェの教会にたどり着いた二人はアズヴァルトと言う賢者の騎士試験官から騎士の試験を受けていた。
試験の内容は、いばらの塔の森に潜む魔物を討伐してくる事。それが達成されれば晴れて騎士の仲間入りという訳だ。
「随分と俺の事をかってくれているのは嬉しいんだけどさ、俺エインセールを護るって一言も言ってないんだけど」
素っ気なく言うライクの台詞にエインセールは「えっ……」と短く声を発しながら悲しげな表情をし、瞳を少し潤ませ今にも泣き出しそうにしていた。ライクはそれを見てぎょっとし、慌ててエインセールへと軽く笑いながら謝る。
「ごめん冗談だよ。エインセールがあまりにも俺の事を信用し過ぎるから少しからかっただけだよ」
「もぉー驚かせないで下さいッ! 危うく信じかけてしまったではないですか!」
ぷくっと頬を膨らませ、怒るエインセールへとライクは苦笑いをする。エインセールはそんなライクを見ながらふいっと顔を逸らし、
「全く…」
と小さく呟く。そしてライクの横顔へとチラリと視線を送りつつ、一つの疑問を口にした。
「そう言えば、どうしてライクさんは騎士になりたいのですか?」
突然の妖精の少女の問い掛けに彼は歩みを進めながら視線を上へと向けた。そこには広く澄んだ青空がただただ広がっていた。
「俺は《英雄騎士》に憧れて騎士を目指しているんだ」
「《英雄騎士》って……あのアルザールド様ですか!」
ライクの言葉にエインセールは思わず驚きの声を発した。
《英雄騎士》アルザールド。
数年前、この世界の《司令塔》である聖女……ルクレティア姫の騎士であり、巨大で、強力な魔力を持つとされている魔物をたった一人で倒したと言われている英雄騎士。
その力は各国の国の姫直属の騎士達より勝り、その力で国の民を、自分が護るべき姫君を護り続けてきた。
自分が傷を負うのは厭わず、己の力を常に護るべき者の為に振るい続ける。その姿は人々から見れば《英雄》そのものの姿に見えた。
聖女ルクレティア。
《英雄騎士》アルザールド。
二人はこの世界の要であり、中心格そのものだった。
だが、聖女が《呪い》に掛かり、塔に囚われたと同時に彼も姿を消した。
囚われた姫君と姿を消した《英雄騎士》。
この世界から隔離された二人の存在……謎は深い闇の中へと今だに隠されたままだった―――。
「《英雄騎士》アルザードは昔、俺の村を救ってくれたんだ……」
ライクはポツリと小さく呟くように漏らした。
「そして俺の幼馴染みの女の子……アイリを助けてくれた。まだガキだった俺は魔物に捕まったアイリを助ける為に、親父の剣を手にして魔物にたった一人で挑んだんだ……だけど俺はアイリを助けるどころか殺されかけた……」
「そんな時、アルザードが助けてくれたんだ。その時の事は今でも忘れない……。鮮明に覚えている」
ライクは思考を巡らせ、一度言葉を切り、そして口を開いた。
「アルザードは俺に言ったんだ『今のお前はは弱い。だが強くもなれる。その誰かを護りたいと言う気持ちを常に持ち続けろ。心から追い続け、願い続ければ「強さ」を何れは手に入れられる』その言葉を信じて、あの日から修行をし、ここまで来たんだ」
「俺はあの人みたいになりたい。自分の手で大切な人を護れる男に俺はなりたいんだ……」
ライクは前を見据えながらそう言った。かつて幼い頃自分の頭を撫で、その言葉を掛けた一人の男の姿が脳裏に過る。
幼い自分はその男の姿に酷く憧れを抱いた。
ライクはニッとした笑みを浮かべ、
「ガキみたいに単純な憧れだけどな」
まるで子供のような顔で言った。
それを聞きエインセールはすかさずライクへと言葉を告げた。
「ライクさんならなれますよ。アルザード様みたいに。だって現にさっき私を助けてくれたじゃないですか」
その言葉にライクはエインセールの方へと顔を向ける。エインセールはライクへと柔らかく笑う。ライクはキョトンとした顔をし、そして瞳を細め笑い、再び前を向いた。
「有り難な」
そう小さく言葉を漏らすような呟きがエインセールの耳へと届き少女は嬉しそうに微笑んだ。
それから暫く歩き、ライク達は森の奥へと足を止めた。そこには微かな瘴気が周囲に漂い、生暖かい風がライクの頬を撫でた。
「ここか……」
独りでに呟くライクにエインセールは神妙な面持ちで小さく頷いた。
辺りは静けさで増しており、先程明るかった空は瘴気の為でどんよりと薄暗く変化していた。ライクは地面に足を一歩踏み込んだと同時に、二メートル先に紫色の輝きを放つ魔方陣が地面へと出現し、その上から黒い稲妻に似た光がバチバチと音を立て上へと向かう。
瞬間。
魔方陣の中から巨大な体を持つ一匹のドラゴンが出現した。そのドラゴンは他の魔物とは異なり全身の体は青くびっしりとした固い鱗で覆っており、脚と闇のように黒い翼の骨格には鋭く刃に似た刺が幾つも付いていた。
ドラゴンは緑色の瞳でライクを睨みながら、口から白く鋭い牙を覗かせ、唸り声を上げてた。
ライクは腰に装備していた剣を抜きドラゴンへと刃を向けながら剣を構える。
「こいつが試験の課題ってやつなんだな」
ライクは短く台詞を吐き、ジリッと靴底で地面を擦った。ドラゴンへと鋭く射ぬくような視線を向け、どう動こうかと思考を巡らせている最中、エインセールの静かでそれでいて緊迫した声音が彼の耳へと届いた。
「待ってください! 何だか様子が変です……」
その台詞が言い終わると同時に地面に再び魔方陣が出現し、同じ姿形をしたドラゴンが2、3体数が現れた。
それを見たエインセールの顔がみるみると蒼白になっていきライクへと鋭い声を放った。
「逃げましょう! こんなの試験でも何でも無いです、圧倒的に数が多すぎます! それにあのドラゴンは姫様の直属の騎士様方が倒すレベルのドラゴンです。このままでは確実に殺されてしまいますッッ!?」
エインセールの言葉にライクは前を見据え、静かに、それでいて低い声音で告げた。
「大丈夫だ。エインセール」
彼のその何の根拠もない言葉にエインセールはドラゴン達を目にし、慌てた様子で血相を変えながら彼へと再び声を放とうとしたが、それよりも早く彼の言葉が続いた。
「要するにあれを全部倒してしまえば問題無いわけなんだろ?」
「全部って……本気で言っているんですか! いくらライクさんが強いからってあのレベルのドラゴンは無理です!!」
叫ぶように喚くエインセールに対してライクの表情には恐怖、焦りの色は無くそこにあるのはただただ自信に満ち、不敵に笑う彼の姿だった。
サァーと風が吹き彼のロングコートの裾を靡かせた。そして彼は言う。
それも当然かと言うかのように。
「だったらさ、もしも仮に全部倒してしまったら俺は間違えなく試験合格だよな。何って言ったって騎士レベルのドラゴンを倒した訳なんだからさ」
「ライクさんいい加減にして……」
エインセールは彼へと言い返そうとするがそれを遮られた。
何故ならば、ライクが敵のドラゴン達目掛けて疾駆し始めたからだ。ライクの肩から降りるタイミングを逃し、彼にしがみつくエインセールへとライクは短く声を掛ける。
「しっかり掴まっていろよエインセール! すぐに片付けるからな!!」
そう言いながら彼は一匹のドラゴンの脚へとすかさず抜き放った銀色に輝く剣を閃かせる。それに対して2匹目のドラゴンがライクへと口からレーザー光線を吐くが彼は地を蹴り、素早くそれを避ける。
避けた先から3匹目のドラゴンが手の鍵爪でライクを切り裂こうと攻撃を仕掛ける。だが彼はそれをスッと左に避け、再び目の前にいる1匹目のドラゴンが次々と放つレーザー光線を掻い潜り、ドラゴンへと接近すると地を蹴り跳ぶ。彼は剣に青白い光を纏わせるとそれをドラゴンの脇腹目掛けて切り裂く。
「ギュオオオオオオ」
と甲高い悲鳴を上げ、脇腹から赤い血を流す。ドラゴンはギョロと眼球を動かし、直ぐ側に着地したライクへと口を大きく開き炎の球を放つ。
その大きさは一メートル弱ぐらいの大きさ。
迫り来る炎の球にライクはドスッと剣を地面に突き刺すと、左の膝を折り曲げ、剣の柄に力を込めながら唇を動かす。
「白き光の盾!!」
ライクの叫ぶ声に応えるかのように彼の左の腕に嵌めている銀色の腕輪の赤いルビーの宝石が光り、目の前に紅く輝く魔方陣が出現し炎の球を受け止め、流した。
強い熱風を浴びライクは顔をしかめる。
そんな中バサバサと羽を動かす音と共にエインセールの鋭い声が飛んできた。
「ライクさん上です! 上から攻撃して来ようとしています!?」
その声を聞き、ライクはバッと顔を頭長へと向ける。そこには赤い目をしたドラゴンが宙を飛んでいた。赤い目のドラゴンは口を開け、今まさにライクへと炎を吐こうとしていた。
それを見、ライクは内心毒づく。
そしてドラゴンは炎の球を連続で2、 3発ライクへと発射した。ライクは地面から剣を抜き取り、頭長から降り注ぐ炎の球を2発とも即座に剣で凪ぎ払い、前へと足を一歩踏み込み、再び白き光の盾の呪文を唱える。再度展開した魔方陣が3発目の炎の球を防ぐ。
そして同時にライクは近くにいるドラゴン目掛けて駆け出す。
「うおおおおおおお」
雄叫びを上げながらドラゴンの首を狙い剣を閃かせる。だが、赤い目のドラゴンが大きく口を開きライクへと向けた。
それを見てエインセールはぎょっとする。
――あれは火炎ブレス……あれを浴びれば一瞬で消し炭へと変わってしまう……
そう思いエインセールは慌てて彼の方へと瞳を向ける。そこで少女は思わず目を見張った。
彼が笑っていたのだ。
慌てる事も無く、焦る事も無い。
ニッと口の端を吊り上げ、ただ笑みを浮かべていたのだ。
「あめぇよ!!」
そう言うやいなや先程彼の攻撃でバランスを大きく崩した1匹目のドラゴンの背を彼は踏み、跳ぶ。
そして赤い目のドラゴンの胸部を目掛けて剣をドスと突き刺した。
「ギャオオオオオオオ」
断末魔に近い苦痛に似た叫び声が森の中へと響き渡る。
目の前のドラゴンを全て倒してしまう事は妖精の少女は最初不可能だと感じていた。
どう考えたって相手は各国の姫の直属の騎士レベルの強さでないと倒すのは無謀な相手だ。
ただの騎士志望者の人間の強さでは太刀打ちするどころか確実に殺されてしまう……。
それが一匹だけならばまだしも3体相手では「どうぞ殺して下さい」と言っているようなものだ。
エインセールはこの少年に死んで欲しくないと心から思い、願い、声を張り叫んだ。何故死んで欲しくないと問われれば自分でもよく分からなかった。だけど、その想いは本物だった。
だから妖精の少女は訴えた「逃げろ」と。だけどこの少年は自分が投げ掛けた言葉をまるで紀優であるかと言うように笑った。
どうしてこの少年は自分の力に自信が持てるのだろうか?
どうして簡単に命を投げうつ事が出来るのだろうか?
そう思った。
だけどそれは違った。
全く違ったのだ。少年はドラゴンに怯む事も、於くする事もなく挑んだ。
少年が次々とドラゴンの攻撃を交わし、攻撃を与えていくその姿を目にし、エインセールはポツリと言葉を溢した。
「この人ならば出来るかもしれない……」
その言葉はすぐ隣にいる彼の耳へと届いていなかった。
ライク達の近くに落ちた炎の球の強烈な爆風を浴び、少女の柔らかい髪を揺らす。最初の頃に比べて今は不思議と不安と恐怖は無い。
あるのは少年に対しての確信した想いが少女の中に生まれていた。
――この人なら姫様の力になれるかもしれない……ルクレティア様を目覚めさせてくれるかもしれない――
そう思い少女は敵を次々と倒して行く少年の横顔へとチラリと視線をやった。