プロローグ
一人の少年……ライク=ヴィラントは一人森の中をさ迷っていた。
燃えるような赤い髪に、グレーのシャツの上から紺碧色のロングコートを身に纏い、下は黒色のズボン、茶色のシュートブーツを履き腰には剣を装備していた。ライクは左手に持つマップを見、そして周囲を見渡す。木々が幾つもの立ち並び、目的となる教会がまだ一向に見えてこない。
「ヤバイ……完璧にこれ迷ったわ……」
落胆に似た言葉を吐きながら彼は深い溜め息をついた。
ライクは自身が生まれ育った村を後にして、アルトグレンツェの教会で行われている騎士の試練を受ける為にアルトグレンツェを目指していた。
「しーかし、これどう行けば教会にたどり着けるって言うんだよ……」
ぶちぶちと不満を垂れながらもも彼は足を進める。その時、突然「きゃぁぁぁ」と言う悲鳴が森の中で聞こえた。
彼は悲鳴が聞こえた方へと駆け出す。駆けつけた先には一人の妖精の少女が地面に座り込み、一匹の竜に似た魔物に襲われていた。ふんわりとしたツインテールの髪に、鮮やかな緑色のミニドレスを身に纏い、可愛らしく元気な印象を何処か感じさせる少女だが、今はそんな印象は薄れ、瞳に涙を溜めていた。
少女は体を震わせながら、今にも襲いかかりそうな魔物へと、
「はわわわわ来ないで下さい!!」
と涙目になりながら絶叫に似た悲鳴を上げる。少女の叫び声を無視するかのように魔物は巨大な口を開き、ギラリと光る顎で少女へと飛翔しながら襲いかかろうとした。
少女はそれに対して恐怖を抱き、瞼をギユッと瞑った。だが、襲いかかる痛みは一向に無く、変わりにガキンと固い金属音が聞こえた。
少女は瞳をそっと開き、そして思わず瞳を見張った。
そこには少女の前に立つ一人の少年の姿があった。彼は剣で魔物の顎を防ぐ。魔物はライクの腕を狙い、鍵爪で襲い掛かろうとした。
だが彼はそれを避ける事はせず、一瞬だけ顎から剣を放し、剣を斜めへと変え、魔物の口から体へと剣を奔らせ切り裂いた。魔物の体から大量の血繁吹きが飛び散り辺りを赤く染め上げる。魔物は悲鳴を上げる事はなく血の海へとドサッと音を立てて沈むと、それきり動く事はなくそのまま絶命してしまう。
ちゃきんと音を鳴らし剣を鞘に納めるとライクは少女へと向き直り声を掛けた。
「大丈夫か?」
そうライクから声を掛けられ、少女は立ち上がった。スカートのお尻に付いた誇りをパンパンと叩くとライクへとペコリと頭を下げながら礼を述べた。
「危ないところを助けて頂き有り難うございました!」
そして少女は顔を上げ、ライクへと近づき不思議そうな顔をしながら問い掛ける。
「私の名はエインセールと言います。ところであなた様はどうしてこんな所にいたのですか?」
「実はさ、道に迷ってしまっていたんだよ」
頭を掻きライクは苦笑しながら答える。そんな彼にエインセールは顔をずいっと近づけながら、
「ならば私が村まで案内します! 大丈夫です、教会の場所ならばバッチリ私が案内しますので!」
勢い良くそう告げた。
「何で俺が教会に用があるって知っているんだ?」
エインセールの言葉に対して疑問の声を発するライク。妖精の少女は当たり前だと言わんばかり顔をし、そして懇願するかのような瞳をライクへと向けた。
「その格好を見れば一目瞭然です。あなたも教会の騎士試験を受けに来たのでしょう? だったらご一緒に村まで行きましょう。……ってゆーか、私を村まで連れていって下さいッ!」
「勿論だよ。逆にこっちの方が有り難いよ」
ライクはエインセールへと短く頷きながら、微笑を浮かべる。その言葉にエインセールはぱぁと嬉しそうに顔を綻ばせた。
「有り難うございます。聞き忘れていましたけれどあなた様の名は……」
「ああ。わりぃ、まだ名乗ってなかったな。俺はライク=ヴィラント。ライクで良いよ」
彼はそうエインセールへと告げた。
騎士を目指すライク=ヴィラントと妖精のエインセール。
これが彼らの初めての出合いであり、のちに語り継がれる“ある物語”の始まりでもあった。
アルトグレンツェの教会の中にある聖堂の中を一人の男は歩いていた。
幾つもの左右に並ぶ椅子を通りすぎ、中央のステンドガラスの真下にある十字架へと祈りを捧げている一人の少女へと男は近づき、声を掛けた。
「祈りを捧げにいらしていたのですかシンデレラ姫」
シンデレラと呼ばれた少女は振り向き、静かに男……賢者アズヴァルトへと視線を向けた。
「そうして祈られている姿を見るとあの方を思い出します……」
アズヴァルトは脳裏に過る一人の姫君を思い浮かべながら、不意にそう口にする。それに対してシンデレラは瞳を細め、瞑り頭を振った。
「私は彼女みたいに立派な人間ではないよ。彼女は世界の全てを愛していた……だけど私は彼女とは違う……」
「だけど貴方はご友人の無事を案じて、時々はここを訪れ祈りを捧げていらっしゃる。私はそれは貴方の優しさだと思いますよ」
自嘲気味に言うシンデレラにオズヴァルトは柔らかい声音で言った。その言葉に彼女は瞳を開き、苦笑を浮かべた。
数年前、この世界は一人の聖女の力によって《平和》と《秩序》によって守られていた。
聖女はこの世界の《司令塔》と言う存在でもあり、同時に神の使いだと人々達から慕われ、敬われていた。だが、それの《平和》と《秩序》は一瞬で崩れ去る事となった。
この世界の《司令塔》である聖女がある何者かの手によって《呪い》を掛けられ深い眠りに落ちた。
それは簡単には解けぬ魔法。
永遠の《呪い》に近い魔法。
深い眠りに落ちた聖女は一つの塔へと連れ去られた。塔には幾つもの階層が存在し、その何れかに聖女は閉じ込められていた。直ぐ様聖女の《呪い》を解き、同時に塔に囚われている聖女を救出しょうと聖女の騎士団達は動き始め、塔へと乗り込んだ。だが塔には魔物が何体も存在しており、聖女は今だに見つかってはいなかった。
聖女の力を失った世界は不安と恐怖に満ち、世界中に大量の魔物が出現した。その為世界は格国ごとに6人の姫達に使える騎士を求めた。姫の騎士と言うのは世界に広がる《闇》の魔物を排除し、聖女が連れ去られた塔……いばらの塔の謎を解き明かす、もしくは聖女の《呪い》を解き《司令塔》である彼女を目覚めさせる事だ。その為の騎士試験官を賢者アズヴァルトは担っていた。
「そう言えば……先程騎士試験を受けに来た少年がいたな。アズヴァルトお前の目から見て、その少年は合格すると思うか?」
シンデレラは何処か試すような口ぶりと共に顔には若干諦めに似た色を滲ませた。そして再度十字架へと視線をやる。
どうせまた不合格に決まっている……。彼女は心の中でそう呟いた。だが返ってきた言葉は予想とは違うものだった……。
「合格しますよ。彼は」
そう言うアズヴァルトの言葉に思わずシンデレラはアズヴァルトへと振り向き、彼へと疑問の言葉を発する。
「どうしてそう思うのだ?」
「彼はあの森で魔物に襲われていたエインセールを助けたらしいです」
「エインセールを助けた……」
その言葉に思わず驚愕し、小さく言葉を漏らすシンデレラにアズヴァルトは言葉を続けた。
「それも敵に反撃を与える暇もないくらいに敵を舜殺したらしいです。エインセールが絶賛していました」
彼は小さく笑い、真面目な表情へと切り替えた。
「それに彼の目は昔のあの方の目と似ていました。だから騎士になれると思います。それに、」
シンデレラへとアズヴァルトは穏やかな笑みへと変え一言付け足す。
「きっと姫様も彼の事を気に入るかと思いますよ」
それに対してシンデレラはふっと鼻で笑い、悪戯混じりな笑みを浮かべた。
「そんな事を言って大丈夫なのか? 私は先月自分の騎士をクビにした我が儘な姫なんだぞ?」
「大丈夫ですよ。きっと彼は姫の願いを叶えてくれますよ」
シンデレラへと彼は言った。
それは根拠の無い言葉だったかもしれない。
その場の流れに近いものだったかもしれない。
だけどこの世界の傍観者は一つの確信に似たものを一人の少年から感じていた。