出発!
「あるじあるじ~、シンジュちゃんの生活が快適になるように考えると、作る物に迷わないんじゃないかな」
「いいね。俺のホームも改修すればシンジュちゃんも自由に便利品を使えるようになるし、火を使わないから環境にも優しくて、シンジュ部屋にも色々持ち込めるかもね」
『わーい、夢が広がるよ~』
「あるじ~、湯沸しポットなんかシンジュちゃんの部屋にどう?」
「おお、ティータイムに在ると便利だね。でも今回は代わりにコレだな」
アイテムボックスから縦横30センチサイズの緋金IHミニプレートと陶器製のケトルをだしてシンジュちゃんに渡す。
『あ、可愛い』
「次に帰って来るまでに容量1.5リットル位の湯沸し保温ケトルを作っておくからね」
「これで何時でもお茶できるね~シンジュちゃん」
『うん』
シンジュちゃん用ケトルも例に漏れずミスリル・ヒヒイロカネ等を使用したの魔素低消費ハイスペック仕様にするつもりだ。
特殊金属類の在庫は十分だが、いくら有っても困る物ではないので、向こうの世界でも現地調達するつもりでおこう。
取り留めの無い話を延々としつつも、かなり雑談が盛り上がり、気が付けばあっという間に午後3時を過ぎていた。
『あ~、残念。そろそろ時間かな~。ファ~ア……』
「あはは、ピクちゃんも少しオネムになってるから、2人は少し部屋で休んでいてよ。片付いて出発できるようになったら声を掛けるから」
「むにゃ、あるじ~りょうかいでーす」
『あ~い』
2人が連れ立ってシンジュ部屋に入るのを見送りながら後片付けを始める。
それと同時にホームにある調味料や食材のプラントをオートで作動させて、今回使用したものを補充しつつアイテムボックスにもストックを行ない、向こうの世界で食事の際に不自由しないようにしておく。
VRMMO時代の生産職の連中がリアルさと味とを無駄にこだわりまくったプラント達には世話になりっぱなしだな。
こうして、あっちこっち手を付けながらも、1時間弱で片付けと出発準備を終えて2人に声を掛けた。
「そろそろ出かけるよー」
「はーい」
『――、――』
「おおっと、さすがに実体化は解けちゃったかシンジュちゃん」
「うん。ピクがまた通訳するよ~」
『おねが~い』
「俺のホーム内の物は自由にしていいからねシンジュちゃん」
『ありがと』
「じゃあピクちゃん、向こうの世界でもまたよろしくねー」
「まっかせっなさい! 高性能高機能さぽーとAIピクえっくすが、あるじの旅をらくらくサポートだよ!」
「いやいや、AIってピクやん、アンタ卵だったじゃん。化石化してたじゃん」
『あははっ、ピクちゃんが付いていれば安心だね、あるじ』
「モチロンダヨ~。ピクちゃんが憑いていれば安心さ」
「ムムッ、そこ! あるじっ。ニュアンスが違ぁう!」
『キャハハッ』
「フフッ、じゃあ行ってくるよシンジュちゃん」
「シンジュちゃんいってきま~す」
『――、――』
手を振るシンジュちゃんに見送られながら、コチラも軽く手を振り異界門で向こうの世界の簡易拠点へ移動する。
そして、異界門を閉じて収納し戸締りを完了した。
「ピクちゃん、先ずはパトロールを兼ねて周囲を散策しに行こっか。16時過ぎてるから近場のみだけどね」
「ほ~い、りょうか~い。飛んでいく?」
「うん、今日はざっとで本格的に見て回るのは明日以降にするよ。19時頃には晩御飯にしたいから18時には戻る感じで行こっか」
ピクちゃんを肩車して簡易ログハウスの表に出ると、まだまだ日の高さは十分で例えるなら夏至のような日の長さだ。
玄関先でふわりと浮き上がり飛行魔法でゆっくり上昇しながら、周囲を改めてぐるっと見回してみてからピクちゃんと話しをする。
「う~ん、ログハウスの位置が湖から近かったせいか少し開けていて気にしてなかったけど、周辺から北側山脈方向の樹木は平均でも50メートル超える高さなんだな」
「切り倒すの~?」
「日当たりだけ確保かな。なんかさ、この樹木達が此処までの大木に育つのには何百年掛かったのかなって考えると安易に切り倒すのが勿体無く思えてきてね」
「まあね~」
「そうだ、魔法で引っこ抜くか。元に戻すのも根っこに木属性魔法で再生と成長促進ができれば行けそうな気がしてきた。今度試してみよう」
「はいは~い、ピクも手伝いまーす」
勿論この場所に確定したなら遠慮せずに切り倒すけど俺達はまだ仮住まいだ。
拠点周辺の整備開発は1月様子を見て問題無ければ取り掛かる事にする。
それまでは周囲へ手を加えるのは最小限にしておこう。
どうせ、あっちこっち出かけて留守がちになるだろうしな。
「では遊覧飛行と参りましょうかね、姫」
「ムッフゥ~、あいあい」
今後の予定を考えたりピクちゃんと雑談しながらログハウスを中心に半径1キロ程の範囲で、地上25メートル付近を漂いつつ散策する。
その間ピクちゃんは何かが目に付く度に、俺の肩から飛び立ち採取しては戻ってきて、再び肩車状態に治まるのを繰り返している。
さながら俺が空母でピクちゃんが発艦着艦を繰り返す偵察機の様だ。
ピクちゃんも軽い散歩程度のつもりなので探査系魔法で広範囲を精査したりはせず俺達の周囲500メートル程度を目視と気配察知のみでフォレストコーミングを楽しんでいる。
「あるじあるじっ! 凄いよっ、お宝ザクザクだよ! 宝庫だよ!」
俺にとってもそうだが全てが初見で目新しく、ピクちゃんのテンションもうなぎ上りの天井知らずだ。
西方面からスタートしてログハウスを中心に時計回りで見て回った今日の散策もそろそろ佳境に入る。
そして本日のメインイベントである南に位置する巨大湖に差し掛かる頃には17時半の丁度良い時間になっていた。
「来たよ、きたよっ! あるじっ、すごく……おおきい「まてぇいっ!」ん?」
「ナゼここでネタに走るっ! ま、まさか気付かぬうち既に腐女って……」
「チッチッチッ、あるじ~、ジャンルがちがうのだよジャンルがぁっ!」
もうノリノリで、拾った蔓を鞭のように振り回して、どこぞの青いスーツに乗ったオッサンさながらの言い回しだ。
「うわっ! 知りたくないし分かりたくないから」
「もお~、あるじったら“彼を知り己を知れば百戦殆からず”って故事もあるでしょ! 食わず嫌いはダメだよ~。あ、でもこの言葉は誤用されている事が殆どだと思うな、ピクは」
「え? どんな風にさ、ピクちゃん」
「ムフッ、正しくはこうなんだよ~」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
×【彼を知り己を知れば百戦殆からず】
①彼を知り己を知れば百戦殆(ど)からず
②かれをしりおのれをしればひゃくイクさほとん(ど)からず
③かれをしりお・のれをしれば・ひゃくイクさ・ほとん(ど)からず
④かれをしりお・のれをしれば・ひゃくイクさ・ほとん(ど)からず
⑤かれおしりを・ほれをしれば・ひゃくイクさ・ほとん(ど)からさ
⑥彼お尻を・掘れを知れば・百イクさ・殆ど空さ
◎【彼お尻を掘れを知れば百イクさ殆ど空さ】
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「あるじっ、これが正解だよっ!!!」
「いやいやいやいや、いいから。俺にとってはどっちもガチで同じだから!」
「あっ~、そんな事いってると薄い本持った腐に攻め込まれるよー」
「どっからだ!」
「ピクが召喚します」
「マジやめてっ!」
「男尻輪姦す~」 [正]
(おとこしりまわす~)[正]
(おことわりします~)[誤]
(お断りします~) [誤]
ヤバイッ!! ピクちゃんの瞳から何時の間にかハイライトが消えている。
これに関しては海より深く山より高い隔たりが俺とピクちゃんの間に存在するな。
触らぬ神に祟り無し。
深淵をのぞく時、深淵もまたこちらを、だ。
三猿なども類似した意味として取れるのではないだろうか。
そして、ここを目にした幾人かはカリギュラ効果により蠢く闇に囚われ呑まれてしまうのだろう。
くわばらくわばら……
――おっと、そっ、そんなことより、これはもう食い物で釣って話を逸らし、ピクちゃんを正気に戻して、ガラをかわすしか手は無さそうだな!
「ピ、ピ、ピクちゃんサマ。そ、それよりも、それよりもですね! 少しだけ湖の様子をうかがってからログハウスへ戻って晩御飯にするなんて事を提案したいのですけど。ど、どうでしょう」
「ハッ!? 晩御飯! あっ、あれ? あるじ。ん~……今ピクに何か降りてきて「いやいや、大丈夫。キノセイダヨ」」
「ん? そなの」
少し感じている違和感に首をコテっと傾げながらもニコニコと俺を見つめてくるピクちゃん。
「おお~、いつもの可愛いピクちゃんだ」
「え~、ヤダもぉヘンなあるじっ、キャハッ」
こ、コレは……無限図書館内蔵書の禁書目録が必要だな。危険すぎるゾ薄い本。
正気に戻ったピクちゃんは湖面上の空中で再び大ハシャギだ。
飛行高度を2メートル程度にまで下げ、岸から約500メートル位の範囲で見て回る。
「凄い凄い、すっご~い! 語彙が単純になっちゃうよっ。凄い綺麗だよ~。こんなに岸から離れているのに湖底が薄っすら見える位に水が澄んでるよっ。広くて対岸が唯の目視では見えないよ」
「うん、これは凄いな。俺は綺麗な景色とか見ても感動した記憶は殆ど無いんだが、この巨大湖の美しさ雄大さには背筋がゾワゾワして鳥肌立ったかも」
周囲に鬱蒼と茂る森林の深緑、透明度の高い湖の若草色、そして徐々にだが日が暮れ始めて夕焼けの赤みが差し変化していく色彩・光彩・グラデーションには、えも言われぬものがある。
「あっ、そうだ、あるじ~、後でサテラちゃんにコンタクトした時、湖の大きさと形も調べようよ」
「そうだね、この異世界に来てから視力がチートで物凄い事になっている筈なのに、対岸が影も形も見えないし、広域簡易マップには収まらないだろうからね」
鷹の目や千里眼など、遠見系スキルで向こう岸を見る事は可能だけど、湖の全体像も知りたいしな。
「あははっ、見て見てあるじ~、この湖の水棲動物達って中々優秀かも。色んなスキル駆使してピクを狙ってくるよ~」
傍目にはピクちゃんが、とても穏やかな湖の水面でチョンチョンと波紋を起こしステップを踏みながら舞っているようにしか見えないが、実際はピリピリとした緊迫感で僅かな切っ掛けにより暴発しそうな空気で周囲が張り詰めていてる
「うん、透過・屈折・隠蔽・偽装・迷彩・潜伏・遮断・加速とか、お前ら忍者かって位に隠密系スキルの見本市だね」
しかし、ピクちゃんは微妙に間合いをずらしたり外したりと狩人達に動く機を与えない。
また、水棲動物達はお互いにお見合いをして動けないような間を取られ完全封殺され沈黙する。
こうして東南側の湖岸から南西側湖岸まで湖面上を飛行し終えて拠点周囲1周回を完了させ、周回ツアーのスタート地点からログハウスに戻り今日の散策は終了した。
「はい、とうちゃーく。お疲れ様でしたピクちゃん」
「たっだいま~、あ~楽しかった」
「ピクちゃんは晩御飯のリクエスト何かある?」
「う~ん、今日は和食な気分かな。何がいいかな~」
「じゃあ、ピクちゃんがさっき森の中で飛び回って採取してた山菜や他に食べられそうな素材を使って天ぷらメインで、食材ストックからは天ぷら用魚介類・刺身・焼き魚・煮物・茶そば。箸休めに、おひたし・和え物等の惣菜系。おっと、茶碗蒸しは外せないな。こんなんでどう?」
「ウッハ! あるじ、それ凄くいい考えだよ! 板前さん、それでお願いしますっ」
「りょうかーい。じゃあ、準備始めるからその合間にサテラちゃんとコンタクトして広域簡易マップよろしく」
「は~い。サモン! サテラちゃん!」
早速ピクちゃんは衛星海月のサテラちゃんを召喚して、マップを作ったり念話っぽいので雑談をしたりしている。
俺の方は19時まで後1時間程なので白米を炊く準備から始める。
時間制限有りでログハウスのキッチンでは設備が弱くて効率が悪いので、ディメンションルーム内のプライベートキッチンで複数調理を同時進行させていく。
先ずは、炊飯用かまどに火を入れて羽釜を掛け、今日のところは直火炊き3合だ。
次に、食材の仕込みはアイテムボックス作業領域で処理するが、調理はもちろん自分自身で行う。
こうして19時を少し過ぎた頃には、ほぼ準備が完了した。
最後に天ぷらはピクちゃんの目の前で揚げてハフハフ言いながら食べてもらう為に、ログハウスのキッチンにカウンター風で最終セッティングをする。
こういう給仕と調理を同時に行う場合に、アイテムボックスの時間停止保存領域がマジ便利。
では、そろそろ揚げ油を火に掛けピクちゃんを呼ぶとしよう。
◆
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会議に先立って宰相閣下から、勇者の今現在の動向が説明されました。
「始めに勇者殿だが現場へ直行しないように釘を刺し、王都への帰還指示も既に出しており、此方へ向っているとの事です」
「う~ん、危なっかしいな。やはり首に鈴が必要か」
そう、どなたかが呟いた途端に皆さんの視線が私へ向う。
コッ、コッチミンナって声を大にして叫びたいが、この錚々たる顔ぶれの前では無理なので、視線を黙殺してソラ惚けておく。
「んでっ?」
軍務卿が先を促し宰相が調査第一報の概略を述べる。
「はい、何も分からないということが、分かりました」
((((((言ったぁーーー!!))))))
アレをネタではなく素で言えるからこそ、宰相という重責を担う事が出来るのかも知れないわね。
それからは重鎮の方々が話している私の耳についた限りの単語では、実効支配・予算・砦・防衛・部隊・物資・大樹海・斥候など、国境とか領土とか山脈を越えた先の大森林の話で侃々諤々のようで、場違いでしかない私は話を右から左へ素通りさせてボケ~っとしていたのだが、暫くして軍務卿から目配せされた騎士団長から声が掛かる。
掛かったのだが……
「ときに聖女殿、聖女殿の勇者「んなっ!」――勇者殿を指揮官としてですな、ププッ」
なっ、何トンデモ発言してくれちゃってるのよ、この団長さんはっ! ビックリし過ぎて変な声出ちゃったじゃないっ!
笑いを堪えながら団長がした説明では、勇者を指揮官として第一騎士団隊長と少数精鋭での山脈越えと大樹海の探査を行い、そこへ私も小隊のサポートとして同行してもらいたいとの事。
「個人戦力としては最大の勇者殿(危険物)には、これまた回復・補助に於いては右に出る者のいない聖女殿と行動を共にして頂き「いえいえいえっ!」」
「確かに最強の名をホシイママニシテイル勇者様(馬鹿)ですが、熟練巧者のご指導ご鞭撻を賜れる良い機会ですので小隊の一員に「いやいやいやっ!」」
「フハハハハハッ(首に紐付けて手綱を握って頂きましょう)」
「ウフフフフフッ(面倒事を押し付けようとしないで下さい)」
「少し良いかの。今回の探査任務先は危険度の高い大樹海でもあるし、未知の領域へ足を踏み入れる事になるやもしれんしの。勇者には聖女護衛の任を念押ししておきたいのだがどうであろうか」
「勿論で御座います陛下」
国王陛下のお言葉へここぞとばかりに賛同する騎士団長。
「えぇぇ~~~…………」
鶴の一声で勇者を押し付けられた私は、脱力して思わずテーブルに突っ伏してしまう。
「これこれ、地が出ておるぞ。それにワシ陛下。国王」
そんなこと言われたって、この先またアノ馬鹿(勇者)と絡むメンドクサさを考えると起き上がる気力が沸きませんです、ハイ。
はぁ~、なんとかして聖女の肩書きを誰かに押し付けられないかな~……




