序
更新の目途がつくまで停止中です。
遠い遠い西の果て。根の国のさらに彼方。
三十の王国と第九の波を乗り越えて、不動なる象、見事なる亀、偉大なる蛇の尾を滑り降り、世界樹の根の先から、フラミンゴに乗って、ギヌンガの淵を飛び越えた末にある処。
イムリアの地。そこは二つの足を持つ獣たちの棲み処。狩るか狩られるか。獣たちはいつもいつも、爪と牙を研いでいる。
王女は生まれながらにして、あらゆる力を手にしていた。
民草から見れば、彼女と彼女の一族は神にも等しく、望めば星さえもその手に握る事ができるのではないか、と思われていた。
だが、それでも彼女は神などでなかった。
彼女にも弱みがあり、悩みがあり、恐怖がある。
ベッドの上に寝転んだ王女は、蛇が身を捩るように寝返りをうつ。
そして、父と同じく王を名乗る4人の事を考えた。
イムリアの全てを手中に収めるまで、彼らは決して満足しないだろう……私が満足しない様に。
私は彼らが生きているだけで恐ろしい。
それなのに、なぜ皆は平気でいられるのだろう。
恐怖を忘れようとあえて平然を装っているのだろうか?
いや、それとも、私がおかしいのだろうか?
王女はそこまで考えたが、自分の正気を疑っても詮のない事だと思い直して身を起すと、寝巻のまま部屋に備え付けられたバルコニーへ向かった。
扉を開けてバルコニーに降りた途端に、夜風が王女の体を撫でまわす。
そこは月を掴むが如く聳え立つ、塔の一角だった。
彼女自身の権威にも等しい高みから、王女は国土を見下ろす。
塔の基部には王都、すなわち王の足元に住む人々の灯りが、塔を中心に万華鏡のように輝いていた。夜空を彩る星々にも負けぬ壮麗さだ。
そして東に目を向ければ、欲深き<中央海>がその大きな口を開けていた。
詩人たちは皮肉を込め、<中央海>を葡萄酒色の海と呼ぶ。即ち、血で染まった海だと。
いつかまたこの海の向こうから、グリンフォーク国の軍勢が現れるだろう。
それとも<岩の荒野>を越えて、別の国が我々に挑戦してくるだろうか。
いずれにせよ、5人もの王を戴くには、イムリアは狭すぎる。
「どう考えても……邪魔者には消えてもらう外はないわねえ」
王女は風の中でそう呟いた。