宣言
ルーザは音もなく立ち上がり机を思い切り叩いた。重い拳の音が響く。
「見苦しいぞ。静かにしろ!」
ルーザの一声は低く、室内に広がった。一斉に喧騒は止み、再び緊張が張りつめた。
耳の痛くなるような沈黙の後、ルーザは口を開く。
「皆も知っている通り、我々の友が何人も殺されている。資料にある通り先日もまた一人犠牲者がでたばかりだ」
ルーザは眼鏡の位置を直し、もう一度ブレットをみる。
「ベーカー、一つ問おう。この一連の事件、人間の仕業ではないと断言できるか?」
その視線には怒りも問いかけも感じられない。肯定も否定も受け付けていない、形だけの問いだ。
「い、いえ…」
ブレットは怯み、着席した。ルーザの威圧に怖気づき、硬直しているようだ。
「皆が不満に思う気持ち、このルーザ大いに受け止める。しかし、この事件が収束しないうちに自由に吸血させることはできない。友たちの無念を晴らすまでは、だ」
ルーザは一拍間を置くと先程より響く声で宣言する。
「もし飢えで苦しむ者がいるのなら私の元へ来い。私の血を分け与えよう。このルーザ、友のためならいくらでも差し出そう」
ルーザは着席した。周りはさらに重い沈黙に包まれ、誰も口を開こうとはしなかった。
それもそうだろう。吸血鬼が自らの血を分け与えることは危険なことだからだ。余程のことがない限りは自らの血を差し出さないだろう。限度を守らなければあっという間に弱り、死の可能性もあるのだ。
重い沈黙を裂くようにロイが手を挙げ立ちあがった。口元には柔らかい笑みを崩さないままだ。
「もしルーザが倒れた場合は私の元へ来なさい。同じく血を分けましょう。……さあ、今日はこの辺で解散にしましょうか。夜が明けますよ。何か報告があればこちらにいらしてください」
ロイがにこりと微笑むとひとり、またひとりと席を立った。
30分程度で団員は皆それぞれの扉から姿を消していった。
「ルーザ、お疲れ様です」
「ああ」
ルーザを見ると少し疲労が窺えた。ルーザも皆と同じく血を摂取せずに膨大な量の資料を毎日整理している。それに団長という重圧もある。久しぶりに疲労を見せた親友にロイは言葉をかける。
「きちんと寝ていますか?」
「問題ない。没頭しすぎるとカユに資料を奪われてしまうからな」
口端をあげ息を漏らした。
「ふふ、カユらしいです」
先程とは一変、ルーザは少しだけ緊張が解けたように見える。
「お前も無理だけはするなよ。最近眠り通しだとキャンディから聞いたぞ」
「眠れていれば問題ないですよ。私は大丈夫です」
ご心配ありがとうございます、と小さく言うと、ロイも立ち上がった。
ゆっくりと振り返るとキャンディとカユがこちらを見ていた。不安そうな顔をしている。
「それじゃあ、キャンディが待っていますので失礼しますね」
「ああ、また新月の夜に、な」
ルーザは足早に書庫に入って行ってしまった。
ロイは幹部二人の元に足を進める。ロイが近づくとキャンディとカユは同時に立ち上がった。
「お二人とも、お疲れ様です」
「おう、お疲れー!」
カユは屈託のない笑顔を向けた。だが、その笑顔は少しばかりぎこちないものだ。
聞きたいことがたくさんあるのだろう。
だが、どの質問をされても正確には答えられる自信がロイにはなかった。それはおそらくルーザのことで、今はルーザの考えを理解しきれないからだ。
「お疲れ様、ロイ」
ロイは預けていたマントと帽子を受け取る。マントを着込み、帰る支度を始めた。
「あ、あー……ロイ。ルーザはどうだった?」
カユは少し不安げにロイに訪ねた。
歯切れが悪くいうあたりとても心配しているのだろう。いつも輝いている黄金の瞳は幾分曇って見えた。
キャンディの顔にも不安が色濃く映っている。
「なんともないですよ。あれくらいのことは慣れているでしょう。皆ピリピリしているんです。仕方ないですよ」
マントのボタンを留め、帽子を深くかぶる。
それは気休め程度の言葉だ。
ルーザには色々な問題が絡み合いそれのどれもが解決困難な状態にある。だがそれをそのまま伝えたところで周りの不安を煽るばかりだ。ロイは精一杯の笑みを繕った。
「そっか。よかった。ルーザは俺達を大切にするあまり無謀なことするからな。そん時は止めてやらないとなぁ」
自分の髪をくしゃくしゃと掻くと、カユからさっきの不安な表情は消え、何時もの明るい笑顔に戻っていた。
よくルーザの事を見ている、とロイは感心した。ルーザは放っておくと自分を投げ出すようなことをする。冷静にみえて実は仲間想いなところもあるのだ。
そんなルーザをおどけながら支え続けている。正反対な二人でも相棒としての絆はあるようだ。
「じゃ、俺行くよ。まだ書庫に資料が山積みなんだ。またな、ロイ、キャンディ」
くしゃっと表情を和ませる。
「またね、カユ」
「ええ、それでは」
カユは手を振り、走って書庫に消えていってしまった。
遠くではジャックが店仕舞いをしている。人の少ないこの部屋には無機質なダクト音がうるさく感じられた。
ロイはマントの襟を正すと、鞄を持った。
「私たちも帰りましょうか」
キャンディが無言で頷く。
ロイはジャックに向かい手を挙げた。彼は片付ける手を止め深く頭を下げる。
その様子を確認すると、二人は元来た扉へと消えていった。