表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Blood ROSE -櫻薬編-  作者: 鈴毬
la nuit 01 満月の夜はsorbetのように
7/56

開幕

 書庫の扉が閉まると同時に、ロイが入ってきた鉄のドアが重い音を立てて開いた。


「あ、ロイ。早いね。もう着いていたの」


 オレンジ色の奇抜なショルダーバックを降ろしながら声をかけてきたのはキャンディだった。衣服が乱れ、息を切らしている。随分と慌ててきたようだ。


「ええ、おかげさまで。その恰好はどうしたのですか? キャンディの方が早く着くかと思っていましたよ」

「僕は途中、実家に寄ったら弟たちに捕まっちゃってね。お陰で到着もギリギリってわけ」


 キャンディが困ったように笑った。

 キャンディには歳の離れた双子の弟がいる。よく面倒を見るのに家に帰っていることをロイは知っていた。


「それは御苦労さまです」


 わざとらしく肩をすくめた。

 キャンディが入ってきたのを合図にしたかのように、部屋のドアが開き、吸血鬼達が集まってきた。誰もが新品のマントを着ている。


「まいったな。ギリギリだったみたい。それじゃあ、僕席に着くよ。マントと帽子、預かっておくね」

「ありがとうございます。お願いしますね」


 ロイの帽子とマントを受け取るとキャンディは長椅子の一番前に座った。

 普通の相棒だと対等の立場になる事が多いが、団長、副団長の相棒になると、幹部になるので直属の部下という意味合いも強くなってくる。

 キャンディもロイのサポートをする心強いパートナーだ。

 バーカウンターの方にいたカユもキャンディを見つけると手を振って挨拶している。どうやらいつものように隣に座るようだ。


 時間が経つにつれ椅子も埋まり、あんなに広いと感じた室内が狭く感じた。

 まだルーザは書庫から出てこない。おそらく、ギリギリまで資料の整理をするのだろう。思ったより表向きの資料も少なく、ロイは手持無沙汰になってしまった。キャンディはカユと楽しげに談笑している。

 そしてもうひとつの副団長席も空いたままだ。ロイは机にある羽ペンを指先でつついた。


(こんなことならもう少しゆっくり来ても良かったですね)


 もう一つの副団長席を眺めていると、カチャ、と机に何かを置く音がした。


「ダレス様は見えないそうですよ」


 失礼します、とティーカップを置いたのはバーテンダーのジャックだった。

 置かれたティーカップの中は香り高いローズティーが入っていた。


「ありがとうございます」


 ロイは紅茶を一口口に含んだ。

 馴染みのいい香りでどこか懐かしさを感じる。アールグレイベースで、夕に摘んだのであろう薔薇はとても新鮮な香りがする。ロイはここのローズティーが好きだった。


「本日ダレス様は別件の調査があると、今夜はいらっしゃらないそうです。相棒のケイ様も欠席とルーザ様が仰っていました」

「そうですか。なんだか彼の事を久しく見ていない気がします」


 もう一人の副団長、ダレスは色々な国を渡り歩いて生活している。多忙で会議には参加しないことが多いのだ。


「ええ、そうですね。なんせお忙しい方ですから」


 ジャックは微笑み、一礼してまたバーカウンターの方に戻って行った。



――ガチャリ


 書庫の扉が開いて、ルーザが出てきた。あれほど賑わっていた室内は一瞬で静まり返った。皆、ルーザの方を注目して、誰一人目を逸らさなかった。

 ルーザはゆっくりと自分の席に着き、資料が揃っているか一通り確認した。目線をあげ、集会所内を見渡すとゆっくりと口を開いた。


「皆、揃っているな? カユ、時間は?」


 ルーザの視線はカユに向けられた。カユは時計に目を移す。


「3時1分前だ。人数も揃っているぜ」


 カユが声高く返すと少し場の雰囲気も和んだ。


「それでは集会を始める。本日、副団長のダレス、その相棒のケイは別件により欠席だ。それを踏まえ、遠くから足を運んだ者に感謝を」


 集会は静かに始まった。

 ルーザはまっすぐ前を見据えたまま話した。限りなく音のない空間にルーザの低い声だけが響く。


「本日より集会用のマントが新しくなった。リシャールが拠点を変える為、例年より早く皆の元へ届けた。これについては皆知っているが一応報告する。他報告や意見のあるものは挙手を」


 ルーザは団員を見渡す。

 

 緊張感漂う中、1人の吸血鬼がおそるおそる手をあげた。


「ブレット・ベーカーと言います。(おそ)れ多くも意見があります」


 ブレット・ベーカーは少し声を震わせながら立ちあがった。かなりの長身でブロンドのくせ毛が印象的だ。


「なんだ。言ってみろ」


 ルーザは顔色一つ変えずブレットを見据えた。ブレットは少し怯んだようだったが意を決したように口を開いた。


「我々はここ半世紀、人間の血を摂取していません。もう飢えを感じて我慢できない状態にあります。どうか、以前のように自由に吸血できるよう……いえ、少なくとも人間の血を摂取できるようになりませんか?」


 ブレットは自身を落ち着かせながらゆっくりと意見を発した。言い終わると周りがざわつく。


 ルーザもこういった意見が出ることは、感づいていた事だろう。

 最近飢えにより、体調不良を訴えるものも出てきているのは事実だ。吸血鬼は一定の栄養を摂らないと五感から弱り、四肢、そして最後には臓器が弱っていく。最近では視力が落ち始めた者がいるという報告を受けていた。とは言え吸血鬼の視力は人間の何倍もいいので、少し位なら弱っても生命維持には支障はないのだ。


「皆さん、お静かに。まだ集会の途中ですよ。私語は慎みなさい」


 ロイが手を挙げた。しかし周りは静かになるどころか、声が大きくなった。中には吸血が出来ないことに関して大声で不満を言う者もいる。

 瞬く間に騒ぎは大きくなった。声という声が広い室内を飲み込んでいく。 キャンディやカユが立ち上がり制止しても意味はない。話し合い、というよりは野次の投げ合いになり声が集会所内を埋め尽くす。

 ロイはしばらく静観を決めたが、事態の収束は見込めそうになかった。

 呆れてルーザへ視線を送ると、相変わらず仏頂面で顔色を変えずゆっくり頷いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ