又候
「目は通したか?」
重いドアの開く音と共に低く落ち着いた声が聞こえた。数枚の資料を持った眼鏡の男が書庫から出てきた。
栗色の髪をきっちりと分けてあるところをみると、彼がいかに真面目な性格かが分かる。
シルバーフレームの眼鏡をあげると色素の薄い茶の瞳が光った。資料を机に置くと少し癖のある髪を整えなおした。
彼がBlood ROSE団長のルーザ・バラックだ。
「ええ、一通りは」
ロイは姿勢を正し微笑み返す。ルーザは無表情のまま、そうかと返すと自分の椅子を引いた。
「さっすが副団長さん!仕事が早いね」
よっ!とルーザの後ろからひょっこり顔を出したのはルーザの相棒カユ・アルバ・ブランカフォルトだ。
厳しい顔をしているルーザとは変わって、カユはニコニコとロイに笑いかける。明るい金髪はツンとはねていて、長い前髪は左目を完全に隠してしまっている。
丸い大きめな右目はいつもキラキラ輝いていて、ロイは館の前を最近うろついている野良猫を思い出した。
「おはようございます、カユ」
「おはよー。今日はまた随分早い時間に来たんだなぁ」
眠そうに間延びした声のカユは団長席の後ろにある時計を見た。急いだせいか集会が始まる深夜三時より大分時間があった。
「カユ、俺たちは大切な話がある。どこかで時間を潰してろ」
ルーザは話好きのカユが機関銃のように喋り出すのを阻止した。
「はいよ。俺はお邪魔虫な訳ね……あ、ジャック!なんか作ってくれよー」
カユは手をひらひらさせ残念そうな顏をしたが、後ろのバーカウンターにとっとと走って行ってしまった。
(ほんとうあなたとは正反対な人だ……)
ロイは微笑ましくカユの動向を見届ける。ルーザは小さくため息を吐き、ロイに向き合った。
「……吸血鬼殺害の件だが、また一人犠牲者が出た」
「そのようですね、しかし今回は資料が少なすぎです」
ルーザは黙って一枚の資料を差し出す。そこには渡された資料の吸血鬼の情報が細かく記載されている。
「キャンディからの資料は団員用だ。この一連の件だが、皆には公開せず、幹部のみで捜査を進めたいと思う」
珍しくルーザの表情がはっきりと読み取れる。紛れもなく苦しみの表情だ。それもそうだろう。ここまで短期間に吸血鬼の死者を出したのはルーザが団長になって初めてのことだったからだ。
「何故なんです?」
ロイは少し眉をひそめた。
「身内の犯罪の可能性が出てきたからだ」
「まさか…」
ロイは信じられなかった。吸血鬼が生きる目的は繁栄ではない。半不老不死の肉体、そしてこの血族を絶やさぬように守る。永遠の安寧を求めているのだ。それを自ら歯車を壊すようなことをするなんて、考えられない。
それは自分たち吸血鬼の存在を真っ向から否定することになるのだ。
ルーザは書類に視線を落とした。そこには先程の資料の吸血鬼の写真や生い立ち、それからここ数年の行動まで記されていた。
「見ろ。犠牲者はニック・キャンベル。シルバーのナイフで首筋を切り死亡。発見者は彼の相棒のホルストだ」
資料に目を落とす。ニック・キャンベル…名前は聞いたことがあるが、何百人いる団員の中からどのような人物だったかを思い出す事は困難だ。
「ここ一連の犯行に共通することは凶器、そして死因だ。シルバーのナイフで首を切る……吸血鬼を確実に仕留める方法だ」
吸血鬼の殺し方は多々あるが、一番簡単に殺す方法はシルバーのナイフだろう。シルバーナイフで首を刺せば致命傷になり、傷口の再生もできずに出血多量で死ぬのだ。
「俺も仲間に犯人がいるとは考えたくないが、吸血鬼のことをよく知る者にしか犯行は無理だ。シルバーのナイフで失血死など人間には一般的に広まってはいないからな」
そう早口に言ったルーザの表情は怒りにも苦しみにも取れた。眉間には深い皺が刻まれている。少し下がった眼鏡をあげると音もなく立ち上がった。
「もうすぐ団員達が来るだろう。詳しい話は後日、そうだな…新月の日にここで。キャンディも連れてきてくれ」
「ええ、わかりました」
ルーザは細かく書かれた方の資料を掴むと、足早に書庫の方に歩いて行った。
ロイは納得したわけではなかった。
吸血鬼を殺害しているのが我々の仲間だなんて、ルーザは本心で言っているのだろうか。彼は仲間を誰よりも信頼し、信じている。
普段の彼なら言うだろう。“捜査を隠すことは友を裏切り欺くことになる”と。
ロイは彼らしからぬ言動が少し引っかかったが、それも新月にはわかるのだろう。深くは追及しないことにした。