白花 《挿絵あり》
館の正面に戻ると、スコップを持ったカユとケイが額の汗を拭っていた。
その傍には薔薇の花束、そして大きな棺が置いてある。
薔薇百年の刑の執行人は3人のようで、ロイに気付いたカユが太陽のような笑顔を向け大きく手を振った。
「私の為にありがとうございます」
「おう、いつでも準備は整ってるからな!」
カユはスコップを置くと薔薇の棺桶の蓋をケイと共に外した。
その中には血よりも赤黒い薔薇が溢れんばかりに敷き詰められていた。
「丁度隣国から綺麗な薔薇を仕入れていてな。これで少しは良い眠りに就けるだろうか……」
ケイが足元にもある花束をロイに見せた。美しく香りのいい薔薇がロイを包む。
「ありがとうございます。私には勿体ないベッドですね。……そういえば今日は三人ですか? ルーザが見当たりませんが。カユ、何か知っていますか?」
「あいつ、頑なに行こうとしないんだ。“お前ら三人でロイを埋めてこい”だってよ」
カユは不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
彼のことだからギリギリの時間までルーザに来いと急かしたのだろう。ロイはそれを思うとおかしくなり、笑みが漏れた。
「なな、なんで笑うんだよ! だって冷たすぎるだろ。副団長のロイが刑に処されるのに別れも言わないんだぜ。ちょっと心がねぇっていうか……」
ブツブツと文句を言うカユをケイが叱る。
「カユ、相棒とはいえ団長様を悪く言うのは慎め。きっと何か考えあってのことなのだろう」
それを聞いた副団長二人は吹き出し、笑う。その様子をカユとケイは不思議そうに眺めた。ひとしきり笑った後ダレスは言う。
「いや、単純に親友が刑に処されるところを見たくないだけだとおじさんは見た。あいつはああ見えて一番心を持ってるからなあ」
「ふふ、ルーザらしいですね。カユ、帰ったら彼の好きなロゼワインを持っていくといいでしょう」
ロイもクスクスと笑い、片足を棺桶に入れる。
くしゃりと花の崩れる音と棺桶の軋む音がする。
完全に体を納めると、カユとケイが間髪入れずに持ってきた薔薇を更に敷き詰める。
「カユ、私が出てくるまでに団長を支えてあげてくださいね。彼は意外に繊細ですし、自己犠牲も厭わないですから」
「わかった。ロイも絶対元気で出てこいよ。俺、もしルーザが新しい副団長を立てるって言ったら全力で阻止するから……ッだから……!」
金色の右目には涙が浮かぶ。
その瞳と涙で、たくさんの吸血鬼を幸せにするのですよ。そう言うと今度はケイの方に顔を向く。
「ケイ、あなたの冷静な判断力と決断力はBlood ROSEを救うでしょう。ダレスがしっかり副団長でいられるように力を貸してあげてください」
「相、わかった。だが、我もロイの早い帰還を待っている。副団長が奴だけだと少々不安だ」
一番幼く、だが一番逞しく笑ってみせるケイに、ロイは安堵した。
後ろで見守るダレスが、オイオイ、手厳しいことを言ってくれるねぇ、と息を漏らしている。
ありったけの薔薇がロイのことを囲む。ケイとカユが身を引くとダレスの顔がロイを覗き込んだ。
「どうだい? 眠り心地は?」
「ええ、素晴らしいですよ」
少し皮肉の入ったように言うと、互いが顔を合わせる。
ダレスが低く言う。
「死ぬなよ、友よ」
「死んだ方が吸血鬼界は安泰するかもしれませんよ。“悪魔”が消えるんですから」
「はは、俺には憎まれ口かよ。お前が死んで安泰するんだったら俺がとっくに殺してるよ。その首抉ってね」
ロイの首に爪を立てる真似事をすると、ロイの腕をクロスさせる。腕が交わる場所に胸ポケットから引き抜いた大輪の白薔薇を置いた。
「俺から見てロイ・ルヴィーダンのイメージと言ったら何事にも染まらない高貴で気高い白薔薇だな」
「……っ!」
ダレスが手を放した瞬間、白薔薇にツタが生えそれがロイの体に巻きついていく。棘が皮膚に刺さる痛みに口元を歪める。
「どうだ? ちっと痛いか?」
「まあ、罪相応と言ったところですかね」
ロイは相変わらず皮肉に返すと、全身の力を抜いていく。
ダレスは後ろに控えている二人に蓋の準備を言い渡すと、再度ロイの顔を覗き込んだ。
「もう、百年分言い残すことはねぇか?」
ロイは片目だけでダレスを見ると薄く唇を開いた。
「一つだけ、一つだけお願いがあります」
少しずつ怠く、重くなっていく感覚に耐えながらゆっくりと言葉を紡ぐ。
「館にある荷物をすべて、燃やしてくれませんか? 館はそのままで構いません。中身をすべて燃やしてください」
ツタは足まで絡み付き、完全にロイの身動きを封じた。
その棘には睡眠薬が塗り込まれていてそれが百年間、絶え間なくロイの体を侵食することになる。
「ああ、任せろ」
ダレスが言った瞬間に、棺桶の蓋が閉められ視界も暗闇に溶けていく。
ロイは重くなる瞼を閉じて薔薇に埋もれていく。
遠くでダレスの張り上げる声がする。
「それではここに我友、ロイ・ルヴィーダンを薔薇百年の刑に処す」
高々に宣言されたのちに規則的にカツン、カツン、と釘を打つ音が聞こえる。
その音が子守唄の様にロイを眠りに誘っていく。
「また、百年後に……」
ロイは小さく言い、その口に微笑みを灯した。
――カツン、カツン、カツン……
* * *
起きたらハーブティーを淹れましょう
カモミールにはちみつを落とした優しいお茶を淹れましょう
満月も落として飲み干したのなら
あの歌を歌いましょう
かつてあなたが愛した幼い童謡
そうすれば心は冷え、あなたのことを忘れるはず
さあ、眠りましょう
新芽が吹く、その日まで
さようなら、さようなら、さようなら
――Blood ROSE -櫻薬編- ロイ・ルヴィーダン 夢へ誘う子守唄より




