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Blood ROSE -櫻薬編-  作者: 鈴毬
la nuit 01 満月の夜はsorbetのように
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疾走

 キャンディはロイが立った椅子に座ってくつろぎ始めた。

 顎に手を添え満足そうな顔をしている。


「だから僕はロイを起こしに来たんだよ。副団長様、お時間ですよってね」


 キャンディは声を低くし、執事の真似をして見せた。


「大切な話は先に言いなさいといつも言っているでしょう」


 ロイはあくまで落ち着いた口調で言った。机の引き出しからブラシを取り出し髪を梳く。キャンディはバタバタと動き回るロイを見て満足そうに笑んだ。


「だってさ。たまには慌てるロイの姿も悪くないかなーって思ったんだもん」


 キャンディはわざとらしく口を膨らませた。

 その後すぐにニコッと笑うと、椅子から素早く立ち、クローゼットから黒い革製の鞄を取り出す。


 中にはロイが集会で使う羊皮紙や羽ペン、インクなどが整理されて入れられている。


「ルーザ様から預かった資料入れとくね。先に玄関で待っているよ」


 キャンディは数枚の資料をロイの鞄の中に詰めた。


「いえ、先に行っていて下さい。準備が少しかかりそうなので」

「ふふ、わかったよ。じゃあ、僕はいったん実家にでも顔を出そうかな。また後でね」


 キャンディはウィンクをし、ゆっくりと部屋から出て行った。コツコツと階段を下る音がする。いつしかその音は風の音と共に消えていた。


 ロイは新しいシャツに袖を通し、先程のマントをはおった。ゴールドのボタンをすべて留めながら、机の引き出しを開けると真っ赤なブローチを取り出した。

 本物の薔薇と同じサイズの大きなブローチ。その色は血のような深い赤だ。これがBlood ROSEの副団長の証しである。キャンディの胸には幹部の印である銅の薔薇のブローチが着いていた。

 ずっしりと重いそれをしっかり襟に付ける。

 ブローチは月明かりに反射して鈍く光った。

 真っ黒のシルクハットに長い白髪(はくはつ)を押し込む。古時計のガラスに映った自分を確認した。


 白い髪に、白い肌。スッと通った鼻梁(びりょう)。中性的なクセのない顔。その中にふたつ、主張する青の瞳。


 ロイは自分の容姿は好きではなかった。白い髪に瞳の青が映え過ぎてしまう。まっ白なキャンパスに間違えて絵具を垂らしてしまったような……とにかく瞳の青が気に入らなかった。せめてもう少し緑やグレーのかかったくすんだ色ならばいいのにと自分を嫌悪する。


(…美しくない)


 少し顔を歪めて(きびす)を返した。

 キャンディが用意した鞄を持つと、静かに、音を立てることなくドアを閉めた。


 ドアが閉まると共に蝋燭の火は消え、古時計の針が再び動き出す。

 長い夜が静かに刻まれるのだ。

 家主が不在の館の周りには徐々に霧が立ち込め始めた。

 それは存在を隠すように濃くなりあっという間に姿を取り込んでいった。



 ロイは森の中をひたすらに走った。

 普通の人間が見たら風が一瞬強く吹いたように感じるだけだろう。ありったけの力を出し森の中を疾走する。

 風は冷たく、自分の頬が叩かれているような感触だった。いつもならゆっくりと森の景色を見ながら歩くのだが、今夜はそうはいかない。

 こんなに必死に走っているところを見たらキャンディはなんというだろうか。

 多分、これが見たかったんだと満足げに笑うだろう。それが何となく癪で先に行けと言ってしまったのだ。


(それにしても大切なことを後に言うなんて、意地悪いですよ)


 一瞬風の音が変わった気がした。ロイは速度を落とし一本の大樹の前で足を止めた。


 今日はこの木が集会所への入り口のようだ。

 月の光も届くことのない鬱蒼とした森の中、ひと際大きい木に一輪の赤い薔薇の絵が書いてある。その薔薇の絵はペンキのような塗料で描かれていて、幼子の落書きのようだ。

 ロイは木の前に立ち、お世辞にも美しいとは言えない絵の右側を素早く5回ノックした。

 すぐに絵の薔薇が立体に浮き出て、数秒で大輪の美しい薔薇になった。木から直接生えた薔薇をロイは慣れた手つきで右に回した。カチャリと錠の開く音がする。そのまま強く押し込むとギィと鈍い音を立てて、あるはずのないドアが開いた。

 粗末なドアの先は床などなく、真っ暗で底が見えなかった。

 ロイは一度マントと帽子を整えると、躊躇なく踏込み、飛び込んだ。

 閉まったドアから薔薇の花は朽ち、跡形もなく消えていた。


 数秒の浮遊感の後、ロイは着地した。何もない、座るのに精いっぱいの半畳ほどの広さの空間だ。目の前には重そうな鉄のドアがある。

 ロイは冷たい扉を思い切り押し開けた。その先は大きな広場になっていた。

 長椅子が幾つも並べてあって、その様子は教会の礼拝堂のようにも見えた。


 まさしくここはラルムヴァーグの隣、西国シュツメンヒの教会の真下で、地上にある教会を模して造られたと聞いていた。

 模して造られたといっても、教会のように美しい装飾はなく、無機質な天然石に囲まれた空間だ。一番先頭には向かい合うようにテーブルが置かれており、椅子が三つ置かれている。それに壁にはびっしり扉がある。形も色も違う様々なドアは各世界に通じている。

 ここを通って団員たちは世界中から満月の夜に集うのだ。椅子の並びは教会、というより裁判所に近いだろう。

 後方にはこの空間には似合わないお洒落でシンプルなバーがある。その中に立っているバーテンダーがロイに気付くと会釈した。

ロイはバーテンダーのほうに歩いて行く。広い室内故に端から端まで行くには距離があった。バーテンダーは拭いていたグラスを置くと(うやうや)しくロイに頭を下げた。


「ロイ様、おはようございます。メンバーの方はまだですよ」


 ブロンドの髪のバーテンダーは人懐っこい笑顔でロイに挨拶した。


「ジャック、おはようございます。ルーザは見えていますか?」


 バーテンダーのジャックはバーとは反対側……ロイが歩いてきた方向にある扉を見た。鉄製の頑丈そうな扉で、先程ロイが入ってきた扉の隣だ。


「たった今、いらっしゃって書庫に入りましたよ」

「ありがとうございます」


 ロイは一礼すると、再び同じ距離を歩き副団長が座る席へと戻った。


 長椅子がたくさん並ぶ前方の右、向かい合うように他の席より少し高座にある部屋内を見渡せる机がロイの席だ。

 隣には団長、ルーザの席がその隣にはもう1人の副団長の席がある。そして真後ろにはルーザがいるだろう書庫の扉があった。

 一息つくとキャンディに渡された鞄の中から資料を取り出す。


 内容は【吸血鬼連続殺害について】だった。


 今夏の終盤から吸血鬼が殺害される事件が相次いでいる。半年を立たず10人もの死者を出しているのだ。殺人の手口も異様で、今最も手を焼いている事件である。

 資料には新たな被害者の名前、日時などが大雑把に載っていた。いつもの資料はもっと莫大な量で細かく記されているので、ロイは不思議に思いながら資料をテーブルに置いた。

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