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Blood ROSE -櫻薬編-  作者: 鈴毬
la nuit 10 そしてpatissiereはタクトを振る
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華、揺らめく

ラルムヴァーグ エール街では一瞬、激しい雨が降った。


「最近、吸血鬼の中では雨の中走ってくるのが流行っているのかしら?」


 いつものように楚々とした着物姿のタエは大きなタオルを取り出すと、そっとキャンディの頭にかけた。


「はは、そんなことはないよ」

「びしゃびしゃね。拭いてあげる」


 優しく髪が拭かれる。キャンディは下を向いたまま温かい手にされるままにした。


「タエ、なるべく大きなタオルケットはないかな?」


 タエはシーツのような大きいタオルケットを助手のタカナシに用意させると、キャンディは自分の姿を隠す様に包まる。

 ソファの上、叱られた子供のように丸くなるキャンディを見てタエは隣に座り無意識に頭を撫でた。


「どうしたの? 急に夜中に来て顔も見せてくれないなんて」

「仕事で疲れてしまっていてね、ヒトに見せられる顔じゃないんだ。でも本当に疲れてしまって、君に会いたくなった」


 その声は何かに怯え、震えている。

 タエは立ち上がり、研究室の角にある棚から何かをとりだすとそれをキャンディの前に並べた。


「キャンディなら使い方知っているかしら? これで顔色を隠せばいいわ。久しぶりに会えたのに顔が見えないのは嫌だもの」


 タオルケットの隙間から置かれたものを覗く。それは女性用の化粧品で、顔色を調整する物がずらりと並んでいた。

 その瞬間、タオルケットはタエの手によって剥ぎ取られる。茫然としているキャンディの顔にそっと手で包んだ。


「相当疲れているのね。でも隠れることなんてないわ。吸血鬼は美しいから少しくらい顔色が悪くても問題ないもの」

「でも、僕……怖くない?」

「いいえ、怖くないわ。だからお化粧品もいらない。あなたはあなたのままでいいのよ」


 頬をそっと撫でるとタエは立ち上がった。

 そのままデスクに戻ると一本の注射器を持ち出す。キャンディの元に戻るとにこりと笑った。


「ふた月も採血をしていなかったから、今いいかしら?」

「ああ、勿論だよ」


 キャンディは枝のように痩せ細った腕を差し出す。タエはいつもと同じ慣れた手つきでその腕に注射針を刺した。

 試験管に血を移すとそれを助手のタカナシに預ける。

 何ヶ月か日常的に見てきたその光景にキャンディは目を細めた。


「ねえ、キャンディ」


 タエは振り返り語りかける。その声色はどこか悲しげな、憂いのあるものだった。


「今日は何月か知っているかしら?」

「えっと、昨日が新月だったから人間の歴に直すと4月の初めの日……かな?」


 キャンディは自信なく答えた。吸血鬼は人生が長い分ほとんど月を見て生活をしており暦を気にするものはほとんどいなかった。


「そうね、正解よ。この時期私の祖国では緑が息吹き始め木々が美しく染まるわ。そしてこのサクラも咲くのよ」


タエは髪から簪をそっと抜く。そこには美しい桜のモチーフがキラキラと揺れていた。


「そうなんだ。僕もっと永京の話を聞きたいな」


 キャンディが微笑むとタエは簪を机に置き、続ける。


「永京はキャンディも知っているかと思うけどとても小さな国よ。人々も小さいわ。西国の方よりずっと、ね。それでも景観と文化は独特で私はそんな永京が大好きよ」

「タエの好きなその国にもう一度僕も行ってみたいよ」


 集会所から東国、永京に繋がるドアは一つもない。

 キャンディは一度だけ船を使い永京に行ったことはあるが、任務がありゆっくりと滞在することはなかったのだ。


「ええ、研究が成功したら一緒に行きましょうか」


 そう言いながらタエはキャンディの横にそっと座る。


「あ、あー……タエはさ、サクラが好きだよね」

「そうね……桜は好きだわ。一年に一度、美しく咲き誇る姿が好きなの。そして、お爺様が大好きな花だったから」


 だった……キャンディはその意味をすぐに理解した。タエの祖父はすでに他界していると。そのやるせない笑顔からもそれが感じ取れたのだ。


「タエのお爺様はさぞ素敵な方なんだろうね」

「ええ、私は少ししか一緒にいれなかったけれどとても勇ましく素敵な祖父だったわ」


 そういうとタエは口をつぐんだ。

 その顔は何か思いに更けているのか、それとも思い出しているのか、ぼうっと空を眺めている。

 研究室の少し薄暗い明かりがタエの白雪のような肌を、ぼんやりと照らしている。キャンディから見たその横顔は息を飲むほど美しく、東国人特有のミステリアスな雰囲気に見とれていた。


「タエ?」


 なんとなく彼女の名前を呼んだ。そうしないと彼女が遠くに行ってしまうような気がして思わず名前を口にしてしまったのだ。

 タエはハッと顔を上げるとキャンディの方を向いた。小首を傾げてどうしたの?と聞きたそうに椿色の唇が少し開いた。


「タエさん……」


 聞こえた声は助手のタカナシで、キャンディは初めて聞いたかもしれない彼の太い声にびくりと体を震わせた。


「……ああ、血液検査のデータね? ありがとう」


 タエはタカナシと共に奥のデスクに消えていく。

 キャンディは吸ったままの息を深く吐き出すと再びソファに座り直した。

patissiere=パティシエ

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