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Blood ROSE -櫻薬編-  作者: 鈴毬
la nuit 01 満月の夜はsorbetのように
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訪問

「ロイ、起きてる?」


 いきなりの訪問。その声は若い男のものだ。声の主はロイの良く知る人物のようだ。


「起きていますよ。どうぞ」


 入室を促すと控えめにドアが開く。そこにはランプを持った、自分より少し年下くらいの少年が立っていた。


 キャンディ・ハロウィーン・ミッド。それが彼の名前である。女性的な名前だが彼は男性で吸血鬼三大貴族ミッド家の次期当主である。ユニークなファーストネームとミドルネームはミッド家の伝統的な名付け方だ。

 上質なマントにシャツ。そこからはアンティークのポーラータイが首元から覗かせる。彼の身なり、出で立ちの雰囲気から貴族らしい気品を感じる。

 オレンジの派手な髪、紫の大きな瞳にはまだ幼さを覗かせる。見た目の(よわい)は十八くらいだろうか。

 綿菓子のようにふわふわした髪には一筋だけの黒のメッシュが主張していた。


 ミッド家はハロウィーンの王と呼ばれ吸血鬼の中では有名な一族だ。

 吸血鬼界随一の社交家で、毎年ハロウィーンの夜に行われる吸血鬼感謝祭のホストをしている。そのためか代々ミッド家ではハロウィーンに関連する名前を子供に名付けるのだ。


「ロイ、部屋真っ暗だよ?」


 キャンディはランプを高く上げ室内を見渡した。


「今晩は月明かりが綺麗に差しています。それに暗くとも吸血鬼に灯りは必要ないでしょう」


 吸血鬼は元々夜に行動する生き物だ。例え一筋の明かりもない暗闇でも障害物を判断できる。


「そうだね」


 そういいながらもキャンディはランプの灯を部屋の蝋燭(ろうそく)に灯し始めた。

 コツコツと軽いブーツの音が部屋内を行ったり来たりする。

 部屋の隅にある蝋燭をすべて灯し終わると、リズミカルな音はロイの前で止まった。


「でも、こうした方がずっと良く見える」


 キャンディはにっこり笑った。


 彼はランプを机の上に置いた。ゆらりと蝋燭が揺れる。ランプとは逆の手で抱えていた紙の包もそっと置いた。


「それはなんですか?」

「集会用のマントだよ。リシャールさんが住まいを変えるんだって。遠くの国に行くから早めにマントを渡したかったみたい」


 リシャールとは吸血鬼界きっての腕の立つ仕立て屋だ。

 吸血鬼は長い間、同じ場所には住んではいけないという規則がある。成長の遅い吸血鬼は長いこと同じ場所に住むと怪しまれてしまう。およそ10年から30年のうちに住み家を変えるのだ。

 リシャールはラルムヴァーグの栄えた町に15年住み続けた。次は北国シアンの田舎町に住居を変えるのだという。


 吸血鬼にはBlood ROSEという団体が存在する。Blood ROSEは人間とそうではないものとの世界の秩序を守る団体だ。ロイとキャンディはこの団体に所属し、その中で二人は相棒として活動している。

 吸血鬼狩りに会いやすい昨今、吸血鬼界では少人数での行動が原則なのだ。Blood ROSEでは二人組を推奨し、共同生活を義務付けている。


 Blood ROSEは人間でいうと警察、弁護士、裁判官の仕事を全て担っている。吸血鬼の法を決め、広め、それを侵した者には罰を与える。優秀な吸血鬼にしか所属は許されていない。

 Blood ROSEに所属できることは吸血鬼として誇りである。また、畏れられる存在なのだ。



 ロイはさっそく紙袋を開けることにした。きちんと包装してあり袋を閉じてあるテープには狐が一匹、跳ぶように描かれている。リシャールの店のマークだ。


「わざわざ部屋にまで届けていただいて、ありがとうございます」

「僕たちもあと数年で拠点を変えないとね。いくら人目につかないと思っても用心しなきゃいけないし」


 ロイたちはこの森を拠点にして十年近くなる。不気味な森に近づくものは少なく、拠点を移すことなんて考えてもいなかった。時間の経過など人間と出会わなければ重要なことではないからだ。


「人間にとって、時間の経過って早いよね」


 心を見透かしたかのようにキャンディは言った。相変わらずにこにこしている。

 ええ、と返事をしてロイは包を空けた。ずっしりと重量感のある上質なマントだ。


 ロイはマントを羽織り、一通り試着を終えた。上質で重みのあるひざ丈のマントだ。厚手でケープもついていて、デザイン性も優れている。ひとつひとつ丁寧に裁縫されていて、裏地には紫の糸で名前が刺繍をしてあった。吸血鬼はあまり寒さには敏感ではないが、とても満足の品だ。

 これを短い期間で何百と仕立てるのだから驚きである。


「そういえば…」


 ロイはマントをハンガーにかけながらキャンディに視線を戻した。キャンディはなに?と首を傾げる。


「何故あなたはマントを着たままなのですか?」


 キャンディはロイと同じマントを羽織っている。マントの前は閉じていないが、身なりをしっかり整えてあって今から出かけるように見えた。


 キャンディは何故自分がそんなことを聞かれているか分からない、と言うような顔をした。少しの間の後にキャンディが口を開く。


「だって、今日は満月の夜じゃないか」


 ロイはうっかりハンガーごとマントを落としそうになった。満月の夜はロイの中でとても重要な日だった。Blood ROSEの定期集会の日だからだ。


(まさか私は半月も眠っていたのですか)


 飢えを感じても仕方ない。半月も何も食べず、飲まず、ただただ眠りに落ちていたのだ。

 この異様な倦怠感(けんたいかん)は飢えだけでなく長い間身体を動かさなかったからだったのだ。


「今、何時です?」

「0時30分少し前かな」


 ロイはホッとした。まだ時間に余裕がある。身支度をして部屋の埃を払う時間くらいはあるだろうか。


「あ、でもね。ルーザ様が早く来いって言ってたよ。伝えたいことがあるからって」

「それを早く言って下さい!」


 ロイは椅子から急いで立ち上がり身支度を始めた。


 ルーザ・バラックはロイの親友であり、Blood ROSEの団長である。何百人いる吸血鬼の頂点だ。

 ロイはBlood ROSE内では副団長の立場にある。実質的にナンバー2だ。真面目な気質のロイにとって遅刻するなんて最大の恥である。

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