執事
ロイはいたって冷静だった。
あの体だ、そんなに遠くには行けない筈だ。しばらくすれば兄、ウィリアムの手回しでBlood ROSEの誰かが来る。
その時を待つように、静かに事件全体の手がかりを探した。
「これは……」
ロイは自室のベッドがあった場所、羽が散らばる中で見覚えのある物を見かける。
「サクラ、ですね」
ケイが懐かしむように見ていた東国の花、桜の形をしたタブレットケース。その中には館の中に入ってきたときから感じた臭いの元凶だろう物が入っていた。
――ドンドンッ
ケースを開けようとした時、玄関の扉が叩かれる。
ロイは丁寧にケースをポケットにしまうと、針金で固定したドアを蹴破り急いで階段を下りる。
「ロイ!ロイ!」
「お兄ちゃんがおかしくなっちゃう!」
「ぼくたちが悪いの!」
そこにいたのは待ち望んでいた助っ人ではなく、キャンディとよく似た双子の兄弟だった。
目を潤ませしがみつくふたりは混乱して震えている。ロイは壊れていない外のガーデンチェアに座らせると、二人の頭をふわりと撫でた。
「落ち着きなさい。ゆっくり話してください。お茶を入れるから座りましょう。さあ…」
ロイはキッチンに戻り二人分のお茶を淹れた。はちみつがたっぷり入ったカモミールティーだ。
「この間、お兄ちゃんが怒ったの。僕たちが悪戯しても前はちっとも怒らなかったのに、僕たちを打ったんだ」
「キャンディが……ですか?」
思わず赤いタイが結んである兄、パンプの言葉に口を挟んだ。キャンディは弟たちには滅法甘く、普段双子たちに叱ったりはしないのだ。
「タエの……せいだ」
「プキン、言っちゃだめだよ。お兄ちゃんに怒られるよ!」
パンプが慌てて弟であるプキンの口を塞ぐ。ロイは朗らかな表情を作り視線を低く2人に合わせた。
「タエとは誰ですか? キャンディは怒りませんよ。私に教えてください」
双子はしばらく見つめ合うと、ぽつぽつと喋り始める。
「東の方の国からお兄ちゃんにお客さんが来たんだ。屋敷の前をうろうろしていたの。それがタエ。僕たちにミッド伯爵いらっしゃる?って聞くから知り合いだと思って」
「だってメイソンじゃなくてミッドって言ったんだよ? ……だから会わせたんだ」
二人は不安そうにロイを見つめる。ロイは二人を安心させるように抱きしめると言った。
「あなたたちは何も悪くありませんよ。私がお兄ちゃんを連れ戻してきますね」
「本当?」
「ええ、勿論。ここで待っていてください」
ロイは立ち上がると真っ暗な森を見つめる。そして蝋燭の火を高く上にあげた。
「お呼びがかかるのをお待ちしていました」
そこには普段地下から出ることはないジャックが現れた。彼はずっとそこで主が待っていたかのように腰を深く追っている。
バーテンダーのエプロンは脱ぎ、燕尾服を身に着けている。
「あなたにお願いがあります」
ロイは一歩前に出る。それは幼少の頃のように、そして目の前の養父は懐かしむかのように目を細める。
「ええ、なんなりと」
「私が戻るまでこの二人を安全な場所へ。そしてあと数分でカユがここに来るはずです。違いますか?」
ロイには聞こえていた。森の中を走る、団長の相棒の足音を。そして感じていた。彼を待っていたらすべてが手遅れになると。
「ええ、その通りでございます。カユ様がルーザ様の通達で様子を見に行くようにと」
「それではカユに伝言を。ケイ、ダレスを連れて私を追ってほしいと伝えてください」
「かしこまりました」
ジャックは頭を下げたままロイを見送る。こうしたのは約100年振りのことだった。
主を見送った執事は振り返る。小さな兄弟に膝をつくと挨拶をした。
「パンプ・ハロウィーン・ミッド様、プキン・ハロウィーン・ミッド様、初めまして。私、ジャックと申します」
ロイが置いていったランプを近づけ二人を照らす。怖がる兄弟の手を握るとゆっくりと歩を進めた。
「さあ、カユ様が到着される前に迎えに行きましょう」
「誰を……?」
不安そうにパンプが聞く、プキンはパンプの後ろにそっと隠れた。
「お兄様の大切なレディですよ」
ジャックは落ち着いて、品のある笑みを浮かべて見せた。
「オペラ!」
パンプとプキンは声を揃えてキャンディの愛馬が待つ馬小屋へと急いだ。
* * *
ロイは花の匂いを辿った。
サクラ……甘くひそやかな香りを辿り、森の中を駆けていく。
いつの間にか獣道にたどり着きしばらく走ると、ある街に出た。
ラルムヴァーグ、エール街 サンジェ。比較的治安のいい宿街だが、様々な匂いが混在してあの仄かな香りの居場所を突き止めるのは難しそうだった。
「急がなければ……」
ロイは強く歯を食いしばる。
神経を集中させて、長い宿屋街に一歩足を踏み出すのだった。
日が昇るまではまだ時間がある。
「あと3時間で、終わらせます」
ロイは自分に言い聞かせ前を向くと、微かな匂いの方に向かうのだった。
――サクラは短く咲くのだという、そして儚く散るのだという。
それでも咲き続ける一輪があるのなら、この手で摘んでしまおう。
この時、私は知らなかった。サクラの色はオレンジや紫色ではないということを――(Blood ROSE-櫻薬編- ロイ・ルヴィーダン手記より)




