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Blood ROSE -櫻薬編-  作者: 鈴毬
la nuit 09 熟れたpotironは逆さまに
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訣別

 一瞬、部屋には静寂が広がる。

 窓の外は星の明かりすら瞬かない。二日月だからか暗い夜に感じる。

 風が窓を揺らす音だけが二人の間を走る。


「君……なんだろう?」


 聞いたこともないような低い声でキャンディが問う。

 もう一歩下がって周囲の状況を確認する。元々物が少ないせいか障害物は殆どない。

ランプの頼りない明かりに、キャンディの影と彼を取り巻くオレンジ、黒、紫そしてシルバーの凶器がロイの視界に浮き上がっている。


「……なんのことでしょうか?」

「僕がキングになろうとしているのを邪魔しているのは君なんだろう? お爺様の件も、僕の体調のことも、吸血鬼殺害事件も、この飢えもっ! 全部、全部! 君のせいなんだろ!?」


 キャンディは落ちている羽を乱暴に掴んで投げる。その姿は賢く、優しいミッド家の次期当主の物とは全く違った。飢えに苦しむ動物のように肌は茶色くなり痩せこけて、目だけが熱を帯びている。


「何かを勘違いしていませんか? 私はあなたのお爺様に直接お会いしたことはありませんよ」

「嘘を、嘘を、嘘を……嘘を言うなァッ!」


部屋の中を包む絶叫。

僅かな耳鳴り。

ロイは驚愕で一歩身を引いた。


「私とあなたには少し誤解があるようです。ゆっくり話……ッ!?」


 スッと風を感じると共に何かが壁に突き刺さる音がする。視線だけを右に向けると、シルバーのナイフだ。一点の曇りもないテーブルウェアに自分の姿が映る。


「その青の瞳が人々を不幸にさせるんだ。僕は君にはやられない。ここで、悲劇を終わらせてみせる」


 靴下止めのナイフを見ると一本減っているのが確認できた。

 彼の能力を把握しきれていないロイはとっさに身構えた。

 ゆらりと腕をあげるキャンディ。操り人形のような不規則なモーションに目を奪われていると、その指の先端にきらりと何かが光る。


 瞬間、ロイの肩付近に風を切る音が走った。


 足のナイフは減っていない……シャツの中にも何本か仕込んであるようだ。投げる動きはロイにさえも見切れない。


「逃げないんだね」


 無表情のまま仕込んであるナイフを投げ続ける。

 ロイはただただギリギリのところでナイフを避ける。ひらり、ひらりとしなやかに。

 このナイフを刺さったら大怪我をするだろう。

キャンディの持っているナイフは全てシルバーのナイフだ。吸血鬼の長い命だって一瞬に奪われる可能性もある。

 だが、ロイは反撃をすることはなかった。あと数本避ければキャンディの手元にはナイフがなくなる。そうすれば素手で相手を捕えられるだろう。


「キャンディ、ナイフを捨てなさい」


 ロイは尚も優しいトーンで語りかける。

 その瞬間キャンディの眉間には深く皺が刻まれた。


――ストッ


「僕の名前はキャンディ・ハロウィーン・ミッドではない。……魔を浄化する者、リュカ・ミッドだ!」


 はらり、床にロイの髪が数本落ちる。ロイの頭までわずか数ミリ、髪を一部切り落とした。ナイフは壁に刺さっている。

 キャンディの口から発せられた名は、ミッド家が暗殺をする時に使う“真実の名”だった。


「……いいでしょう、殺しなさい」


 穏やかなロイの声にキャンディは再びナイフを投げる。

 その行方はロイの頬のすぐ横だった。

 自ら死を志願した白髪は動かず目を瞑る。

 その様は落ち着き、そして穏やか過ぎる顔だった。そう、口角は緩やかにあげられたまま。

 それでもナイフは投げられる。そのどれもが綺麗にロイを避けるように壁に刺さっていく。


「殺しなさいと言っているでしょう!」


 普段より荒い、叫びとも取れる声が暗殺者を射抜く。

 キャンディはその怒号に呆気を取られ、膝から崩れ落ちた。

床に金属音が響いた。キャンディの袖からは無数のナイフが落ちていた。崩れそうな表情で、その顔はロイを恐れているようにも見えた。

依然として二人は見つめ合っていたが、その視線は好戦的な物ではなくもはや勝者と敗者の図に見えた。


「あ、ああああ、あ。僕は、ロイを? なんで? どうして……!」


 フラフラと頼りなく立ち上がる姿は、糸の切れかかった操り人形のようで細く華奢な指で顔を隠す様に後ずさった。

 キャンディのブーツはナイフを踏む。金属がこすれ合い何度も音を鳴らしていく。


「僕は、弟や人間や……そしてそしてそして! 相棒のロイにまで……どうして、こんな。ああ、あああ」


 狼狽えるキャンディはフラフラと足をもたつかせながら後ずさる。

 それは、わずかロイがまばたきをした瞬間だった。

 強い風と、すさまじい破裂音。

 いつも月明かりを集める窓ガラスが割れ、粉々に砕け散る。音の方に視線を戻すとキャンディは存在をその場から消していた。


「キャンディ……!」


 思わずロイは残った風に手を伸ばした。届かないことはわかっていたが、そうするしかできなかった。

ロイが家に戻り約一時間。二人が最後に分かれて4回目の二日月の夜、キャンディはこの家から姿を完全に消したのだった。

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