兄弟
【la nuit 09 熟れたpotironは逆さまに】
ロイの元には伝書のコウモリが訪れていた。
「ああ、やっと来たのですね。待ちくたびれましたよ」
貼り付けられた封筒を取り2、3度腹を撫でるとコウモリはキイと鳴いた後にすぐに飛び立った。
差出人の名はなく、封筒には青い薔薇の模様が描かれてあるのみだった。
これは吸血鬼最高機関であるG.B.Rからの書類である。急いで封を切るとロイが先日送りつけた仕事の書類が入っている。下の署名欄には実兄であるウィリアムとダニエル、奇術師のリリィ・マクファーソン、最終審判者のアンドリュー・アーヴァンの名がサインされていた。
G.B.Rは吸血鬼界の最高機関だが人員はごく少なく、神同然として扱われている。
現メンバーは僅か4人で四柱とも呼ばれている。
その中でも最高責任者、アンドリュー・アーヴァンは現存する吸血鬼の中で最も長くこの世に存在している最高齢の吸血鬼だ。生きている年数、貫録から、生きし伝説などという異名がある。
Blood ROSEはG.B.Rの直接の部下のような関係で、命令された任務を遂行する為、罪人や機関に恨みのある吸血鬼からは青薔薇の犬と揶揄された時代もあった。
Blood ROSEは絶対的権力に仕える集団なのだ。
この署名が送られてきた時点でロイの家業の仕事が完了したことを意味する。ロイは安堵に息を深く吐きだし、書類を丁寧にしまった。
仕事場である図書館内のカウンターに戻ると持ってきたトランクに荷物を入れ込んだ。持ってきたものも替えの衣服と筆記具くらいだったので片付けるのに数分もかからない。
ロイは鍵の束を掴むと早足に扉に向かい、鍵を閉めた。
何重にも厳重に、そして複雑に鍵をかけるとルヴィーダン家の本館に足を運ぶ。
静かな家の中、使用人は誰も見当たらなかった。足音だけが鳴り、静かな空間に空しく響く。
ルヴィーダン家では使用人を最低限しか雇わず、しかも今日は毎年恒例の雨季休暇の為全員に暇を出している日なのだろう。
ロイは急に立ち止まると周りに目配せをし息を殺す。
「そこにいらっしゃるのですか?」
じっと壁を見つめているとそれが歪み、中からは一枚のビロードを持った男が出てきた。
優しい瞳を持つその男はひらひらとロイに手を振る。
「さすがロイは優秀だね」
にこりと笑うその姿は品があった。
彼はウィリアム・ルヴィーダン。ルヴィーダン家の長男であり、ロイの長兄だ。
「ウィリアム兄様、その布はなんですか?」
「これかい? すごいだろー。背景と同じ模様にできる布なのさ。カメレオンを見た時にひらめいてね、リリィに作ってもらった」
布を壁にかざすと同じ模様に変化する。吸血鬼界きっての奇術師リリィの力だ。それは魔法でも見ているようだった。ウィリアムはロイとはまったく印象の違うふんわりとした柔らかな声で言う。
「お前が帰ってきたから見せたかったんだ」
「リリィ様の力で遊んではいけないでしょう……」
愛しい子を撫でるような手つきで布に触れるウィリアムは口を尖らせた。
「別にいいじゃあないか。ダニーの奴ったらせっかくの弟が帰ってきてるのに眠ったまま起きないんだ。遊んでくれない」
ダニーというのは次兄のダニエルで、彼はウィリアムと違い真面目で自分のペースを崩さない。ロイは先代の団長であるウィリアムを見て本当にG.B.Rの四柱と呼ばれているのかと疑いの念を持つときがある。
それに、ロイは兄たちが得意ではなかった。尊敬はしているし、敬愛もしているが、自分がルヴィーダン家に相応しくない者だとしても軽蔑せず、迫害せず“弟”として愛情を傾けてくれる。そんな二人の態度がロイにとっては苦しくなる時があるのだ。
何故、愛されて苦しいのか、その答えをロイは持っていなかった。ただただ“確立された絶対的人格”に嫉妬をしているのかもしれない。自分と正反対の真っ黒な髪も、優しく光るシルバーの瞳も、いつもロイの心の中をぐるりとかき混ぜるのだった。
「でも丁度良かったです。今からお兄様に仕事が終わったことを報告しようと思っていましたから」
「なんだ、もう帰っちゃうのか―? 晩餐くらい付き合えよ!と言ってもロイのだーい好きな血はないけどね。んー、でも今日は一刻も早く帰りな」
ウィリアムの表情は一気に引き締まった。薄い灰色の目が捕える先はオレンジの空を覆う黒い雲だ。
「なにかあったのですか?」
「さっき、アップルから連絡が来た。なんだかすこーしまずいことになってるみたいだね」
キャンディの父、アップルとウィリアムは同年代の吸血鬼であり幼馴染である。
「アップルがいらしていたんですか」
「ああ、本当に少し前だよ。君にアップルの息子のことを聞きたいんだけどそう時間もないようだしね」
ロイはあっけにとられているとウィリアムが肩を叩く。
「ロイ、早く行っておいで。俺は久しぶりに集会所に行くから」
集会所に行く……それはG.B.Rの四柱として、だ。それはこれから何かが起きることを案じての言葉だった。鼓膜を突く優しい声にざわりと心が震えた。
「わかりました。失礼します」
ロイが走り去った後ウィリアムが近くの壁を軽く叩く。
「それで……いつまでそこで突っ立っているのかな? ダニエル君」
壁からウィリアムと同じ布を持って出てきたのは、次兄のダニエルだ。
兄弟の中で誰よりも背が高く、体格のいい彼は罰が悪そうに視線を宙に泳がせる。
「いや、俺は口が下手ですから。兄様の方がうまく誘導できるかと」
「ふぅん、あんなにロイに会いたがっていたのにね。……まあいい、さあ俺たちも集会所を目指しますか」
「はい、荷物をお持ちします」
二人は白いマントを翻らせて、廊下をゆっくりと玄関に向かい足を進める。しばらくの足音の後、そのまま闇に溶けるように消えていった。
potiron=かぼちゃ




