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Blood ROSE -櫻薬編-  作者: 鈴毬
la nuit 07 困惑とcannelleをふりかけて
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万全

 一瞬、シナモンの香りがロイの鼻を掠める。


「ロイ様、いけません」


 柔らかな声に振り向く。その声の主は普段会議にも集会にも発言をしないジャックだった。

新しいカップにミルクを注ぎ、そこにシナモンスティックを入れた。それをロイの前に置き、飲むようにと目で促した。


「ジャック……」

「このような時だからこそ心をしっかり持つのです」


 ロイはゆっくりとミルクを喉に流し込むと、その温かさとシナモンの香りが喉を刺激した。

 このミルクの味とジャックの喋り口調には懐かしさをおぼえ、Blood ROSEに所属する前のことを思い出させた。


 ジャックはその昔、三大貴族ルヴィーダン家の執事長を務めていた。それはロイが生まれる前からで、ロイの誕生後はロイの教育係としてルヴィーダン家に仕えていたのだ。


ロイにとってジャックは実質育ての親も同然だ。


「懐かしい喋り方ですね。ですが、もう敬語もやめなさいと言っているでしょう」

「いえ、私は例えどこに所属していてもルヴィーダン家……いえ、ロイ・ルヴィーダン様に仕える者ですよ」


 ジャックは上品に微笑んだ。ロイは温かな視線から目を逸らしながら同じような口元で微笑む。


「私もまだまだ未熟者です。自分の相棒の管理を怠るなんて」

「いえ、ロイ様が(おこた)った訳ではございませんよ。……しかしながら今回の出来事、少し危ないような気がいたします」

「なぜです?」


ジャックは急に目を細め口に力を入れた。鮮血を思わせる赤い瞳が煌々と燃えている。その表情は怒っているようにも悲しんでいるようにも見えた。


「このようなことをロイ様の前で話すことは、許されることではないと承知しています。ですが申し上げさせていただきます……」




 * * *



 薄暗く暗い部屋の中、ロイはランプひとつ携え歴史図書館の地下にある貯蔵庫に来ていた。ここには図書館には置くことを禁止されている本がたくさん積まれている。

 あの日からロイはまた実家に戻り書物の整理を進めていた。

 何年も開けられていない貯蔵庫は埃が溜り、気管を不快にさせる。


――私は、キャンディ様……いえ、ミッド家が好きになれないのです。


 ジャックの言葉が頭から離れてくれなかった。ロイにはその言葉が理不尽なものではなくきちんと理解ができるからだ。

 深いため息を吐いたロイの手元には古い歴史書が握られていた。ランプを棚の一角に置き表紙をゆっくり開いた。


 その書は貴族の歴史が書かれているものだ。

 ベルベットでできたカバーの本にはロイの家であるルヴィーダン家、キャンディの家であるミッド家、そしてダランベール家、吸血鬼三大貴族について詳しく記載されていた。ロイはミッド家の項目のページで指を止めた。


――ミッド家 代々続く純血の一族であり、人間界ではハロウィーン社を起業。メイソンという姓で生活をしている。現在の当主はアップル。ミドルネームはハロウィーンで統一し、ファーストネームにはハロウィーンに関する名を付ける者が多い。

 吸血鬼感謝祭の主催を担うとともに、吸血鬼界の陰の均衡者である。

 陰の家業の当主はアップルではなく、その息子であるキャンディに代替えが済んでいる。尚、真実の名はここに記載しないこととする。


「……陰の生業、真実の名……」


 ロイは誰に言うでもなく呟いた。

ミッド家は吸血鬼界の陰の部分を担っていることは同じ貴族としてよく知っていた。ミッド家の本当の仕事は暗殺であり、公に処刑にできない罪人を秘密裏に処分する。この事実を知っている者は吸血鬼界には極めて少ない。

また暗殺をする時に初めて本当の名を使う。それが真実の名なのだ。

つまりキャンディ・ハロウィーン・ミッドというのは偽名であり、本当の名はロイでさえも知らないのだ。


 この暗殺という陰の仕事をジャックはひどく嫌っていた。

それが何故なのかどこが嫌なのかを明確に語ることはなかったがジャックがミッド家を快く思っていないのは事実だった。

 キャンディと相棒となると決まった際は誰よりもロイを心配し、常に気を使っていた。

 ロイは例えキャンディが暗殺を生業にしていてもそれは仕事でのことであって特に気に掛けることでもなかった。汚れた仕事をするのは間違いではない、寧ろ誇るべきだと考えたからだ。


 報告によるとキャンディが暗殺を行ったのは代を替えてから一件のみであり、ロイはその詳細をキャンディの口から聞くことはなかった。陰の仕事の話をすることは吸血鬼界の一種のタブーであるからだ。

 もしや、25人は全員罪を犯したものなのでは……? ロイはそう思ったがあまりにも目立ちすぎる暗殺の仕方に再び頭を捻った。

 キャンディは仕事を完璧に行うはずだ。ミッド家の仕事が暗殺として明るみに出たことは一度もなかった。ロイにはどのような方法で殺しをしているかはわからなかったが、極秘の歴史関連の書物を見る限り、罪人のほとんどが病死ということになっていた。


 考えても(らち)が明かず直接キャンディを探るしか突破口が見いだせない。

 それならばロイが今やるべきことは早くラルムヴァーグに戻ることだ。

 髪を一つに結いあげると、分厚く重い本を置きランプを持った。埃が舞わないように慎重に歩を進め、貯蔵庫から立ち去った。



 ベルレネディアの空は赤い。

そこには今後の行く末を案じるかのように、真実に影を落とす様に漆黒の雲が急速に伸び始めた。この時は誰もが事態が急速に進むことを予知できなかったのだ。


 思考という歯車のネジは徐々に絡み合う数を増やす。

 パーツはすべて揃ったのだった。

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