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Blood ROSE -櫻薬編-  作者: 鈴毬
la nuit 01 満月の夜はsorbetのように
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起床

【la nuit 01 満月の夜はsorbetのように】




 西国、ラルムヴァーグ。誰も知ることはない、深い森の中の古い館。昼間でもどこか薄暗く湿った森の中に、古城のような館がある。ひっそりと、だがそれとなく存在感のある佇まいは、森の中にある館。

……というよりは森自体が館の庭のようだ。


 その古びた館の二階、東側の角部屋には白い髪を持つ男の姿があった。

 白髪(はくはつ)の持ち主は椅子に座ったまま、机に伏してピクリとも動かない。その姿は人形か、あるいは死体にも見えた。もちろん、人形でも死体でもない。彼はただ、心地いい眠りに就いているだけだ。

 開け放した窓からは、冬独特の、張り詰めた風が吹き込んでくる。大きな天窓からは月明かりが差し込み、彼が眠っているのを静かに見守っていた。


 この眠っている青年はロイ・ルヴィーダンという。

 先ほども記したとおりロイは人形でもなければ死体でもない。だが、人間でもない。血を吸い、それを糧に生きる者……吸血鬼だ。

 吸血鬼と言っても人間を襲い、首にかぶりつくなんて下品なことはしない。 ロイが知る限り、人間がイメージしている吸血鬼像と自分たちにはかなりの違いがあるようだ。


 吸血鬼は人間が思っているように十字架や聖水は苦手ではない。鏡にだってしっかりと姿は映るし、血を吸うための牙はない。その代わりに傷をつけるために鋭い爪を持っている。この爪は吸血する時以外は必要ないため、通常は人間と変わらない形に変化している。

 ただ、日光は苦手で日中は眠り、なるべく日が当たらない室内にいることが多い。それだけが唯一人間が作った吸血鬼の御伽話(おとぎばなし)の中で一致しているところだろう。


 ロイの白い髪は長く、絹糸のように美しかった。作りものと見紛う髪は、生気が感じられなかった。窓から差し込む月光に照らされた髪は、明け方の水平線のように輝いている。

 張り詰めた冷たい空気は止まっている。静かな空間はまるで写真の中のようで、その長く止まったままの空気を裂くようにして、古時計が鳴った。

 その音は止まっていた時を動かすように、急かすように低く鳴り続けた。地鳴りのするような低い音に、ロイは頭をあげた。


 ゆっくりとした動きで身体を起こす。

 やっと開いた瞳はサファイアの宝石のようだ。狐のような鋭い瞳は自分を起こした者の姿を捕えた。

 ロイはゆらりと椅子から立ち、数回首を回した。そして青く鋭い瞳をわずかに細めた。


「うるさいですよ」


 低く言うと、その言葉に従うかのようにうるさく鳴り響いていた時計の音はぴたりと止んだ。


 ロイは自分がどのくらい眠っていたのか、時間の感覚がつかめなかった。それは5分かもしれないし、10年かもしれない。

 何百年も生きている彼には、時間の経過など重要ではない。最近は栄養分である血を充分に摂取していないせいもあるので眠る事が増えているのだ。


「ハア……」


 ロイは机に手を置き派手にため息をついた。木製の古い椅子に座り直し、すらりと長い脚を組んだ。優雅に細い指を絡めて物思いにふける。無意識に人差し指を噛み、苛立っているような、そして何かを耐えているような表情を見せた。


 ほぼ不老で美しいままいられる身体、容易なことでは終わらない命。人間よりはるかに優秀な体躯。吸血鬼の身体は便利なものだが、避けられない欲求もある。


 飢えだ。


 人間よりは微量で済むが吸血鬼にも栄養は不可欠である。

以前は人間とはうまく共存していた。もちろん養分と捕食者、という意味でだが。


 その昔、人間はさほど吸血鬼を怖がりはしていなかった。吸血鬼は人間の血を吸い、殺したりはしない。吸血殺人は掟破りで大罪だからだ。そしてそのことを人間も知っており、血を吸血鬼に売り生活していた者がいたくらいだ。だがそれは遠い昔のことだ。

 人間社会は爆発的に発展していった。発展すればするほど吸血鬼は敵として恐れられ、時には捕えられ殺されさえした。

 吸血鬼は自分達を守るために、存在を隠して暮らすようになった。

それがいつしか吸血鬼の存在が怪談や御伽話(おとぎばなし)となり、恐怖の存在になった。

 人間はなんと卑劣で愚かなのだ、とロイは人間を好きではなかった。むしろ嫌悪さえ感じている。


 人間が吸血鬼を恐れるため、今は厳しいルールのもと栄養を摂取しなければならない。

 現在、人間の血は摂取禁止のルールが設けられている。最近は動物の血ばかり摂取し、人間の血は久しく飲んでいない。


(ああ、喉が渇く)


 ロイはさらに強く指を噛んだ。

 一番身体が欲する人間の血を禁止されて早半世紀。

 最近は動物保護の観点から、哺乳類すら制限されるようになった。この際なら最も不味い鳥の血でも構わないとさえ思った。幼少期のロイなら絶対に口にしなかっただろうが、それほどまでに飢えているのだ。


 窓際にあるガラスの花瓶。そこには一輪の薔薇が咲いていた。風にさらされた薔薇は(しお)れる寸前で情けなく(こうべ)を垂れている。

 ロイは花瓶から薔薇を引き抜くと茎を折り、花だけを掌に乗せ、そのまま花弁をくしゃりと潰した。手を開くと潰された薔薇の花弁が広がっていた。それを一枚一枚丁寧に口に運んだ。


 薔薇は吸血鬼の非常食になっている。幼少期はおやつとして食べていたのだが、今となっては貴重な栄養源だ。

 新鮮ではないしおれた薔薇だ。美味しいとは言えなかった。しかし一口、一口大切に口に運ぶ。最後の一枚を食べ終わった瞬間、ドアをノックする音が聞こえた。

sorbet=洋酒と果汁を調合して軽く凍らせた氷酒

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