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Blood ROSE -櫻薬編-  作者: 鈴毬
la nuit 06 今宵はraisinと踊りましょう
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華、貫く

 盛大な夜会から3日ほど経っていた。

 タエの脚は西国の履物によりまだひりひりと痛みが残っている。楽しい夜の痛すぎる代償だった。

 そんな痛みに耐えながら今日も研究に没頭する。西国の冬もまた東国のように寒かった。

 結局、夜会ではキャンディに会うことはできなかったし、サヴァラン夫妻にも再見することはできなかった。しかし、タエにとって先日の夜会は不思議と居心地が良かった。


「タエさん、寒くは……ないですか?」


 記憶を巡っているとタカナシから声がかかる。今日も表情という表情は読み取れないが不器用なだけで優しさをもつ少年だ。


「ええ、ありがとう。ちょっと手を休めてお茶を淹れましょうか」


 タエは急須に湯を注いだ。東国から持ってきた煎茶は底を尽きようとしていた。例えこの煎茶が尽きても祖国に帰ることはないだろう。タエは祖国を好きだったが、思い入れや懐かしむ心はなかった。


 タカナシと一緒に煎茶をすする、穏やかな休憩時間だ。タエがタカナシと出会ったのは今日のような寒い日、祖国を経つ少し前のことだった。家のない貧しいタカナシをタエは同行人として拾ったのだ。

 それ以降、言葉を教え科学を教えるとタカナシは面白い程に知恵を付けた。見た目ではわからないがタカナシはタエよりも歳は10近くは若いだろう。

 だが、タエにとってそんなことは関係なかった。ただ優秀な助手が手に入った。それで満足なのだ。


「そろそろ、ね」


 タエは時計に目をやると一気にお茶を飲んだ。

 散らばった書類を適当に片付けると少しずれてしまった簪を差し直す。

 しばらくすると控えめにドアの叩く音がした。



 タエはすぐにドアノブに手をかけ、客人を迎えた。


「ごきげんよう、待っていたわ」

「少し遅くなっちゃってごめんね」


 そこにいたのは先日あった夜会の主催者、キャンディだった。重そうなトランクを下げ、少し息を切らしている。


「そんなに急がなくてもいいのに」

「違うよ、仕事から逃げてきたのさ。こんなに息が切れているのは、僕たちが全速力で走るより人間の速度に合わせる方が難しいからさ」


 キャンディは眉尻を下げた。

 つくづく吸血鬼というのは不思議な生き物だとタエは思った。能力は化け物その物なのに、語学は堪能で知能もいい。おまけに精神状況はほぼ人間と変わりないのだから。

 タエはキャンディを室内に促す。彼は慣れたように窓側の大きいソファに横たわった。


 シャツを捲ると蝋のように白い肌が見える。初めて会った時よりも一回り細くなっているような気がした。吸血鬼の飢餓状態は余程深刻なのだろう。

 いつものように採血をすると、素早く止血をする。この時に決まってキャンディは止血なんかしなくてもいいのにと笑った。


「そういえば、前回の夜会はどうだった? 楽しめたかい?」

「ええ、でも酷いわ。キャンディったら私に会いに来てくれなかったんだもの」


 タエはわざとらしく頬を膨らませる。


「ごめんごめん、来賓が多くてね。挨拶していたら夜会が終わってたんだ」

「嘘よ、怒ってなんかいないわ。驚きよ、私知らない男性と一曲踊ったの」


 キャンディは身を乗り出した。タエは得意そうに腰に手を当てる。


「タエ、ダンス得意じゃないって言ってたよね。今回の夜会は難しい曲が多かったからすごく心配していたんだ」

「すごく、個性的な方だったわ。ラストダンスのひとつ前の曲をご一緒したのよ」


 大変だったわ、とタエは溜息交じりに言った。


「それ、すごく難しい曲だっただろう? 御爺様の好きな曲なんだ。“転落”って曲だよ」

「そんなはずないわ! ご一緒した男性が“子猫のサーカス”って曲だって言っていたもの」


 キャンディはその曲を口ずさみ始めた。ゆっくりのところからなだらかに早くなっていく曲はまさしくタエが踊った曲だった。


「でも、確かに子猫のサーカスって例えも面白いかもね。クラシックは聞きようにもよるからね。美術品と一緒さ」


 そういいながらキャンディはこの曲の本当の意味を話し出した。綱渡りの踊り子が演目中に墜落して命を終えるその一瞬をイメージした曲のようだ。


「人の儚さというか、そういう一瞬の美しさっていうのが素晴らしいよね」


 キャンディは嬉しそうに笑う。タエはいつか彼が言っていた言葉を思い出した。人間の命は一瞬のようだからこそ輝き、美しいと。タエにはその気持ちが少しも分からなかった。


「お茶を……淹れるわね」


 タエは立ち上がり急須を手に取った。

 頭の中で、ダレスの言葉が反響する。


――この曲は、君のようだ。


 もしかしたら、あの紳士がこの曲の本当のタイトルを知っていて自分をからかったのかもしれない。だとしたら何故そのようなことを言ったのだろうか。まるで見当がつかなかった。

 タエはその声を取り払うように頭を振った。

 後ろではキャンディが転落を口ずさみ続けている。


 外は雨が窓を叩いていた。いつの間にか降り出したらしい。ラルムヴァーグは通り雨の多い国だ。

 キャンディの歌は落雷と共にぴたりと終わる。まるで落雷が指揮者のように思えた。

 外では拍手のように雨が強く打ちつけられていた。

 鳴り止まない拍手の中、湯の沸く音だけが研究室の中をせかすように叫んでいた。

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