華、舞う 《挿絵あり》
ダレスのエスコートは完璧そのものだった。歩幅は乱さず、しかし女性にあわせるようにゆっくりと。簡単のようでその動作は難しいはずだ。かなり夜会慣れをしている、とタエは思った。
中央まで足を進めると、手を取る。ゆっくりと音楽が始まった。
華奢なフルート、クラリネットの音から始まり弦楽器も加えて音に重厚感が増していく。タエは三拍子を意識してステップを踏みつ続けた。ダレスは やはり相当踊り慣れているようで、うまくリードを取っていく。
「タエ、君は普段何をしているんだい?」
ただ踊ることに飽きたのかダレスはタエにしか聞こえない小さな声でしゃべり始めた。
「私は医者をしているんです」
「へえ……それでメイソン伯爵から招待を?」
「ええ、ご縁があって。でもなんでそんなことを?」
目を合わせたまま踊っていく。視界がダレスを軸に反転し、また反転する。
こんなに自然に踊れていることにタエは驚いた。
「こんなに美しい女性と知り合ったら聞きたくなるのも当然だろう」
「あら、からかってらっしゃるのね?」
タエはくすくすと笑った。
「そんなことないさ。でも、野暮なことを聞いて悪かった」
そういうと、ダレスはさらに腰を抱き寄せた。
音楽はだんだんに早くなり、管楽器が派手になっていく。それとともにくるくると視界の反転も早くなる。
「この曲をなんていうか知っているかい?」
「いいえ、クラシックには疎いものですから」
「これはね、“子猫のサーカス”という曲なんだ。ある一匹のかわいい猫がサーカスで可憐に踊ってみんなから喝采を受けるってストーリーがあるのさ」
最初はゆっくりとおごそかに始まったが、だんだんと賑やかに激しい曲調になっている。彼の言う通りであれば、今はまさしく子猫が可憐に踊っている最中だろう。
ダレスは口の端を綺麗にあげて続ける。
「まるで可憐な君のようだ。白百合の髪飾り、とても似合っているよ」
気取らない普通の会話のようにダレスは言った。西国人のストレートな褒め方はタエにはくすぐったく感じた。
曲はだんだんと早く激しくなっていく。タエは後れを取らないようにしっかりとダレスに掴まり、ダレスもまたしっかりとタエの腰を支えた。
曲は一番激しくなったところで一瞬にして終わる。わずかな静まりの後、ホールには拍手が溢れた。タエは胸に手を置くとダレスに礼を言う。
「ありがとう。とても楽しく踊れましたわ」
「いや、俺もすごく楽しかった。ダンスが苦手っていうから何回か足を踏まれると思ったんだけど」
ダレスはウィンクをしてタエを意地悪くからかうかのように言った。
「ダレスさんのリードがお上手だからですわ。慣れていらっしゃるのね?」
「さあ、どうかな?」
タエはダレスと握手を交わした。
「あら、ダリー? 随分と楽しそうね?」
振り向くとそこにはタエよりも華奢な女性が立っていた。淡いローズピンクのドレスにダレスと同じ薔薇のモチーフのアクセサリーをつけているところを見ると、女性はダレスの妻のようだ。
東国人のような顔立ちだが、髪は綺麗な紅梅色で上品にウェーブがかかっている。
ダレスは悪びれもなく言う。
「ああ、君が戻ってくるのが遅かったからね」
「ごめんなさい」
タエは深く頭を下げ謝った。
「いいのよ。ごめんなさいね、この人が無理を言ったのでしょう?」
可愛らしく女性が微笑んだ。聞こえた声は東国、永京の言葉だった。タエは胸をなでおろすと共に、その言葉の響きに懐かしさを感じた。
「私はこの人の妻よ。ケイ、ケイ・サヴァラン。旧姓は本田っていうわ。同じ国の出身同士仲良くしてくださいね」
「私は富岡タエと申します」
ケイの可愛らしい声が弾む。タエはケイとも握手をした。
「ダリー、次は私と踊ってもらうわよ? ラストダンスは私でないと怒るわ」
「わかったよ。さあ行こうか」
ダレスはあやすようにケイに言う。その左腕にケイの右手が添えられた。
「それじゃあタエさん、また夜会でお会いしましょうね。ごきげんよう」
「ええ、ごきげんよう」
ゆっくりと美しく去っていくサヴァラン夫妻をタエはただただ眺めていた。
ホール脇の廊下、誰もいない静かな場所で華奢な細い腕は解かれた。
「ダリー、だなんておじさんは照れちゃうぜ?」
からかうように色男は眉を寄せる。
「黙れ。我が目を逸らした隙にいなくなるのはどうにかならんのか?」
そこにはもう“可憐なサヴァラン夫人”の姿はなかった。低く唸るその姿こそは美しいが声はもう少年のものだ。
「悪かったって。潜入捜査とは言えただ夜会でボーっとしているのはもったいないだろ?」
「任務なのだから静かにしていろとあれほど言ったではないか」
ケイは呆れたように手をついた。
先日、ケイとダレスは団長のルーザに呼び出しを受けた。
その時に言い渡された任務はなるべくたくさんの夜会に出ろ、という内容だ。
もともと夜会の潜入任務はダレスとケイの専売特許であり、最も得意としている任務だ。ダレスの人間界での顔はサヴァラン公爵という有名な音楽家であり、社交家でもある。
ここひと月の間は、二人は夫婦として様々な夜会に参加しているのだ。
そしてケイは普段は着るのも勿論、見るのだって嫌なドレスを着せられるためこの任務の時は取り分け機嫌が悪いのだ。ケイはこのような破廉恥な物を……と口を尖らせる。
今晩は、キャンディが主催の夜会なのですんなり招待してもらうことができたので楽であったが、気を抜くとダレスは夜会を楽しみに行ってしまう。 ルーザに与えられた任務も手際よく進まず、この日のケイの機嫌はいつもよりも格段に悪かった。
「でも今日の夜会はとっても楽しかったよ」
「任務を楽しむなとあれほど言ったであろう。……しかし何故だ? あの美しい女と踊れたからか?」
「まあ、時期にわかるさ」
ダレスは満足そうなそして得意そうな顔をした。
「まあいい。我は控室に戻るぞ。西国式の襦袢はきつくてかなわん」
ケイはウエストを気にしながらスタスタと廊下を歩き始めた。
ダレスはすかさず顎に手を置き、足早に去る相棒をからかう。
「奥さまァ? それはコルセットだと何度も教えたはずですわよォ?」
「―ッ! うるさい!」
眉間に皺を寄せたケイを見たダレスはゆっくりと後を追う。口元には意地悪な笑みを崩さないままだ。
遠くでは盛大な拍手が止むことなく聞こえる。
どうやらサヴァラン夫妻は不在のままでラストダンスは終わってしまったようだった。




