華、添える
双子たちは肩を下げながらベッドに飛び乗る。かなり柔らかいようで切りそろえられた橙の頭が二つ、跳ねてさらりと揺れた。
「期待に添えなくてごめんなさいね」
「いいよ! お姉ちゃんが悪いんじゃないもんね」
「きっとトリートお爺様が食べちゃったんだ!」
二人は全く同じ顔で頬を膨らませた。タエにはその顔が全く同じに見えて、どちらパンプなのかも見分けがつかなかった。
双子は頬を膨らましながらベットの上を跳ねる。タエは拗ねている二人が小さな悪魔に見えて、それを微笑ましく見守った。
しばらく眺めているとドアを軽く叩く音がした。
「タエ、もう来ているんだってね。いらっしゃい」
柔らかい声と共に扉が開いた。そこにはダークブラウンのスーツを着ているキャンディの姿があった。首元のピンク色のタイが可愛らしく彼らしかった。
普段着ではなく夜会用の仕度をしているキャンディは品があり、自分のような一般人とはオーラが違うな、とタエは感じた。
「ごきげんよう」
「お兄ちゃん!」
パンプとプキンは現れた兄の元にぴょこぴょこと走っていった。
「おや? パンプ、プキン。こんなところで何をしているんだい?」
「こ、紅茶を淹れに、だよ!」
「僕たちいい子だからね」
にっこりと笑う双子の頭をキャンディは優しく撫でる。
二人は子猫のように目を細めた。
「そうか、よしよしいい子だ。リーデンヴェルト叔父様がお見えになっていたよ。挨拶してきなさい」
「リーデンヴェルト叔父様?」
「わーい!」
手をつないだ双子は、はしゃぎながら出て行ってしまった。
「弟たちから失礼はなかったかな?」
「ええ、お茶を持ってきてくれたのよ」
タエは微笑んだ。その割にカップどころかポットにもお湯は注がれていなかった。キャンディはなにか感づいたように、苦笑するとワゴンの紅茶を淹れながら話し始めた。
「今日は遠いところからありがとう。緊張しているかい?」
「ええ、少しね。まさかこんなに大きいパーティーだと思わなかったんですもの」
「ごめん。でも来る人数も多いから気にしないで。好きなように過ごして、もしダンスに誘われたら一曲くらい踊ればいい。僕も時間が開けばタエのところに行くさ」
キャンディはタエにティーカップを差し出す。中には綺麗なアールグレイの紅茶が入っていた。
「どうしても、タエを招待したかったんだ」
キャンディは上機嫌で微笑むと、次のお客様が見えたらしく部屋を出て行ってしまった。
タエにとって社交家、キャンディー・メイソンとしての彼が新鮮に見えた。
あれだけ追いかけていた吸血鬼の姿は本当にただの人間のように見えるからだ。
タエはサイドボードにある薔薇のクッキーをつまんだ。
「……おいしい!」
夜会の開幕はあと少し。ダイヤモンドのような星たちが輝く夜空には薄く霧がかかり始めた。
夜会は盛大に、そして賑やかに始まった。派手な衣装に身を包んだ婦人たちや、スーツで決めた紳士たちが楽しげにダンスをしている。
今日は立食パーティーになっているらしくタエは、軽食をつまみながらホール内を適当に歩いた。
キャンディの姿は夜会が始まってから見かけることはなかった。次期当主ということもあり忙しいのだろう。タエはグラスを片手に踊る人たちをぼーっと眺めていた。
ダンスは得意ではない。ステップこそ踏めるが、他人と息をあわせて踊るというのがどうも苦手なのだ。
広いホールの中、孤独を感じながら、ワインの入ったグラスに口を付けた。
「隣、いいかな? マドモアゼル?」
低い、響くようなバリトンボイスに顔を上げると、背の高い男が立っていた。紫の髪を後ろで結い、薔薇のコサージュが付いた派手なスーツを着ている。
彫の深い、芸術品のような顔は書物で見る貴族のようだった。
「え、ええ、どうぞ」
タエは自分の声が震えていることに気付いた。自分よりも頭一つ、否頭二つ分くらいは差があるだろう。東国人では考えらえないその身長に驚き、そして恐怖さえも感じる。
失礼のないように、そうタエは微笑みを作った。
「俺はダレス……ダレス・サヴァランだ。君のことを夜会で何度か見かけていてね、それで声をかけたって訳」
「私はタエと申します。失礼ですが私、夜会に出るのは初めてですのよ。人違いではなくて?」
ダレス、と名乗った男は眉を寄せ、顎に手を置いて考えているようなジェスチャーをする。
「おかしいなあ。俺は一度会ったレディを忘れたりはしないんだけど……これは失礼。君は東国出身だろう?」
興味がある、そう言った様子で聞いてきた。この国では異国人、特に東国人が珍しいのだ。
「そうです。勉強のためにこちらに渡ってきたのですのよ」
「へえ、今は渡航が簡単になったんだね。実は俺の妻も東国人でね。親近感があって声をかけたのもあったのさ」
渡航は楽なものではない。いまだに航路は安定せず、事故も多いのだ。船の環境も最悪でタエはもうしばらく船は乗りたくないと思っている。
「奥さまはいらっしゃっていますの?」
「ああ、今はワインを取りに行ってるさ」
この時、静かに流れていたワルツが終わった。周りにつられてタエも拍手をする。
演奏者たちが次の曲を準備している時、隣から手を差し伸べられた。
「タエ、俺と一曲踊ってくれませんか?」
ダレスは芝居がかった声と共に深くお辞儀をした。
「え? でも奥さまが……?」
「そういうのを気にする妻じゃあないよ。すごく退屈してるんだ。今日の出会いの記念に、いいだろう?」
ダレスは器用に片眉を上げて見せた。この人は遊び人なのだろう。それかこの国では交友関係にはフランクな文化なのかもしれない。
ここでダンスを断るのも失礼だろうと、タエは心の中でダレスの妻に謝罪をしながら手を取った。
「あまりダンスは得意ではないんです。失礼があったらごめんなさいね」
「いや、それをリードするのが男ってもんだ」
ダレスは目を細めると、ゆっくりとタエをダンスホールまでエスコートした。




