華、きつく
【la nuit 06 今宵はraisinと踊りましょう】
宿屋街、サンジェ。お世辞にも綺麗と言えない古い宿には一人の貴婦人の姿があった。
彼女は髪を一つに結いあげ、コルセットを小ぶりな男に締められている途中だ。
富岡タエ……彼女はドレスの下着、コルセットに悪戦苦闘していた。
「きつくないですか?」
「きついくらいやらないといけないのでしょう? はあ、この圧迫感は何回締めても慣れないわ」
溜息を吐きながらタエはいつもと印象の違う真っ赤な口紅をひいた。ルージュは濃く艶やかでいつもより数段色気のあるように見せた。タエは紅を置き、両手をウエストに滑らせる。あまりの窮屈さに深くため息を吐いた。
「ありがとう、もう大丈夫よ」
コルセットを締め上げた助手のタカナシは一礼して部屋の外に出た。
タエは西国に来たときにあつらえた深紅のドレスを手に取った。なるべく肌の見えないものを、と注文したのにもかかわらず、いささか背中の部分の露出が多いようにも感じた。
東国の着物とは大違いだとタエは思った。そして西国のドレスを好きにはなれなかった。身長の低いタエには不恰好に見えてしまうからだ。肌になじみのない感触に耐え、袖を通すと扉の方へもう一度声をかける。
「タカナシ! もう一度手伝ってちょうだい」
控えめな音と共にまた助手が顔を見せる。何も言わないままリボンや小物類の装着を手伝っている。
品の良い赤のドレスには、白百合がいくつか散らされていて派手に見える。最初は着るのを躊躇ったが、一度夜会に行くともっと派手な夫人がたくさんいることに驚いた。
ヒールのある華奢な靴を履くと鏡の前でもう一度身だしなみを整えた。
「タエさん、気を付けて……いってらっしゃい」
百合の髪飾りをつけ終わったタカナシが表情もなく告げた。その声は無機質で喋らされているロボットのようだ。
「ありがとう。あなたも研究室をよろしくね」
「お客様。メイソン伯爵家の御者がお見えです」
扉の奥から宿の主人の声がした。ここに来てからずっと良くしてくれる気のいい主人だ。
「ありがとう。今行くわ」
タエは慣れないヒールを鳴らしながら宿を出た。
メイソン家……もといミッド家の御者は丁寧に頭を下げタエを馬車に乗せてくれた。
今日はキャンディに招待された夜会に向かうのだ。どうやら創設100年を祝った盛大な夜会のようだ。
キャンディから招待を受けた時、一度は断ったタエだったが、どうしてもと押し切られ参加になったのだ。東国人のタエは西国のパーティーでは浮いた存在になってしまう。タエにとってそれがたまらなく嫌だった。
タエは古い桜の形をしたロケットペンダントを握りしめた。
馬車はリズムよく走り、外の景色を見ているうちにミッド家に到着していた。
お城のような景観、広い庭……そこには御伽話に出てくるような空間が広がっていた。
広い芝生に選定された植木、花壇には色とりどりの花が寒い季節にかかわらず自らの色を主張している。
馬車の中から外を眺めていると静かにドアが開いた。
そこにはスーツを着こなしたミッド家の執事だろう男が立っていた。
「トミオカ様、到着いたしました。特別なお客様と言うことでキャンディ様より控室が用意してございます」
「ありがとうございます」
執事の手を借り馬車から降りる。
目の前はもう玄関で、レッドカーペットの上を歩き、立派な柱の間を通った。
早く着いたらしく、他の客人たちは見当たらない。使用人たちが恭しく頭を下げた。キャンディの計らいで一番に到着するようにしてくれたのだろう。タエは緊張していた心をほぐした。
長い廊下を進んだ先に控室があった。控室というには大きすぎる部屋で、一人でいるのがもったいないくらいだ。広い天蓋付きのベットと真っ白なドレッサー、大理石のサイドテーブルにはハロウィーン社の商品であるお菓子が並んでいた。
薔薇のクッキーとクルミのスノウボールだ。可愛らしいラッピングがされている。キャンディらしいもてなしに、緊張していたタエの表情は和らいだ。
――カチャン
静かにドアの開く音がした。後方を確認すると紅茶の入ったワゴンを持ったパンプとプキンがいた。
「侵入成功だね! プキン」
「パンプ、もうお客様がいるよ~!」
「双子ちゃん、ごきげんよう」
タエは双子に向かって手を振る。
「あ! あの時のお姉ちゃんだ!」
「本当だー。ドレス綺麗だねー」
きらきらと輝く笑顔を向けながら双子はタエの元に駆け寄った。
「ありがとう。双子ちゃんたちはお茶を持ってきてくれたのかしら? それとも悪戯を届けに来たのかしら?」
「悪戯じゃないよっ!」
パンプは慌てて首を横に振る。プキンもあわせて首を振った。タエは治験の度にキャンディから双子の悪戯の数々を聞かされていた。今回も何かを企んでゲストルームに忍び込んだのだろう。
「僕たちはチョコレートバーを探しにたんだよ、ねー」
「ねー」
双子の話によると、お客様に出されるチョコレートバーがほしくてゲストルームを渡り歩いていたのだという。
チョコレートバーはハロウィーン社のもっとも有名なお菓子で人気がある故に欠品で出回らない時もあるのだ。双子たちはゲストルームのチョコレートバーをすべて盗むつもりだったのだろう。残念ながら今日のおもてなしは 新商品のみだ。
「そうなのね。でも残念だわ。この部屋にはチョコレートバーはないもの」
「ええー!」
双子たちは悲しそうに眉尻を下げた。
raisin=ぶどう




