わくわく
キャンディは人間が見てもおかしくない速度を気にしながら走った。
ラルムヴァーグの栄えた街、サンジェ。その街にある宿が目的地だ。
キャンディはあたりをキョロキョロと見渡しながらゆっくりと足を進める。
以前、タエに渡されたメモを頼りに目的地を目指す。
サンジェは賑やかな宿屋街だ。
(えっと、フロ……フロウ……ルージェ。ここか)
メモに書いてあった建物は宿の中でも立派なものだった。宿泊客ではないのに入っていいものかと少し戸惑う。
勇気を出して一歩踏み入れるとそこには身なりの整った男がカウンターにいた。
「お待ち合わせですか?」
受付の男はキャンディに尋ねる。
「ああ、友人に会いに来た。406号室の友人だ」
キャンディはタエに言われた通りの部屋をあげる。
友人というのもなんだかくすぐったいものだ。
男はすぐに階段まで通してくれるらしく、どうやらセキュリティーは甘いようだ。
木の階段を上っていくとタエの部屋は一番上階の角部屋にあった。
広いドアの前で少し躊躇する。らしくもなく緊張しているのだった。
――コンコン
控えめにノックをする。木のドアはすぐに開いた。
「ごきげんよう、お待ちしていましたわ。どうぞ」
「お邪魔します」
白衣のような羽織を着たタエが顔を覗かせた。髪は一つに纏められていて、見慣れない花の髪留めが光っている。
中に入ると部屋内はいくらか改造がされていて立派な研究室になっていた。
その中には東国人らしい男が一人、試験管とにらめっこをしている。
「この宿は研究室としてお借りしているんです。私はもっと安い宿に寝泊まりしているんですのよ」
「すごいですね……宿の一室がこんな風になるなんて。あちらの男性は?」
男は依然目を動かさないままだ。こちらの言語がわからないのかもしれない。
「彼はタカナシです。私の助手をしてくれているんです。……タカナシ!」
タカナシと呼ばれた男はタエの声で立ち上がりこちらを見た。一礼するとまた研究に没頭し始める。表情もあまりなく、仏頂面で背の低い男だ。
「ごめんなさいね。彼はあまり語学が堪能ではないので」
「いえ、お気になさらず」
キャンディは昔、祖父が言っていたことを思い出した。職人や研究者は変わり者が多いと。きっと彼も研究では秀でているが、他の面が少し変わっているのだろう。
「さあ、こちらにお座りになって」
そして少ない量の採血をした後、不思議な形の錠剤を渡された。
錠剤は花のような形で、タエの髪留めのものにとてもよく似ていた。
「これはなんですか?」
「これは私が研究している櫻薬、というモノですわ。栄養剤のようなものです。まずはこの薬の効果を見る研究をしたいんですの」
彼女は一つ櫻薬を取り出して自分の口に放り込んだ。これは毒物ではないというアピールなのだろう。
「あれ? 人間に血液がどう作用されるかの実験だったのでは……?」
「本当はすぐにでもその実験を始めたいんですけど、今吸血鬼が弱っていらっしゃると聞いて。被験者に無理はさせたくないんです」
タエは眉を八の字に下げた。
「僕たちに気を使っていただいてありがとうございます」
彼女はお互い手を取り合わなければいけませんもの、と軽やかに言いカルテのような物を取り出した。そしてペンで何かを記載していく。西国の言葉ではないのでキャンディにそれを読み取ることはできなかった。
「この成果がわかるように二週間程あけて採血を行います。なので毎日飲んでいただきたいのです。時間はいつでも構いません」
「ええ、分かりました」
難しい話は分からないのでキャンディはとりあえず頷いた。
「それでは、二週間後。またこの部屋でお待ちしていますわ」
「わかりました」
キャンディは荷物を持ち、部屋を出た。
外に出たキャンディは自然に笑顔になっていた。自分が人間とこんな風に会話している。そう考えるとなんだかおかしくて、そしてなにか悪いことをしている気分にもなった。
しかし、自分が人間との架け橋になれる。どこかで確信した。
高まる気持ちを噛み殺して、キャンディは帰路に着くのだった。




