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Blood ROSE -櫻薬編-  作者: 鈴毬
la nuit 05 日々にcarameliserされて
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いやいや

【la nuit 05 日々にcarameliserされて】




 キャンディは陽の光を感じ、ソファーから起き上がる。体の痛みから昨晩ベットで寝なかったことを後悔した。

 起き上がると隣の机には、羊皮紙が1枚置いてあった。コウモリが夜のうちに置いていったのだろう。文書は父からの呼び出しだのようだ。

 キャンディは疲れが取れきれていない体に鞭を打つと、這いずるように家を出る。

 馬小屋につくと朝の空気を思い切り吸い込んだ。


「おはよう、お姫様。今日も僕を乗せてくれるかい」


 草を食んでいたオペラは頭をもたげキャンディを見つめる。いつもなら目を細め嬉しそうにするのに今日は様子がおかしかった。

 機嫌が悪そうに、そして動くのが嫌そうにキャンディをじっと見つめていた。


「どうしたんだい? 僕、君に乗れないとお父様に怒られてしまうんだ」


 長年の相棒の初めての反抗に驚いたが、そばに寄り二、三度撫でるとやっとオペラは動き出した。

 ひらりと跨り、手綱を握ると今日も森の中を疾走した。



 父、アップルの書斎は北にあるせいかほとんど日が入らない。昼の晴れた日なのにとても薄暗かった。分厚い書物が本棚にぎっしり詰まっていて、背の高いそれはとても威圧的に部屋を囲んでいる。

 その中央、大きなデスクにはキャンディと同じ口元で楽しそうに笑う父の姿があった。


「今日はお前のお姫さん、随分機嫌が悪そうじゃあないか」


 ククッと楽しそうに喉を鳴らす姿はキャンディよりも幼く見えた。

 廊下の窓から馬小屋に入るキャンディたちを見ていたのだろう。オペラはあの後も何度か足を止め、ここに来るのをとても嫌がった。

 こんなことは初めてで、正門から馬小屋までオペラを移動させるのにかなり時間がかかったのだ。


「僕にも分からないんです。何故でしょうね?」

「さあ? 嫉妬されることしたんじゃないのか?」


 綺麗に口の端をあげた。自分もこんな意地悪な顔をする時があるのだろうかとキャンディは日ごろの自分を振り返った。


「今日は愛しき我が息子にこの説明をしなくちゃと思ってな」


 そういうと父はガラスケースの中から仮面を取り出した。

 黒い仮面にはダイヤモンドやルビーできれいに装飾してある。目の端からまつ毛のように伸びているカラスの羽根が印象的だった。


 これは王様の仮面というもので吸血鬼感謝祭のキングが毎年つける伝統的な仮面だ。感謝祭のイベントで仮面舞踏会があり、その名物として仮面をつけたキングが登場するのだ。キングは衣装から仮面まで自分で用意しなくてはならない。特に仮面は毎年の名物でありデザインから作成において一人だけの力でやらなければならないのだ。

 この仮面はもちろん父がすべて手作業で作ったものだ。これをつけて登場した時のあの歓声は今も忘れることはできない。


「近くで見てもやはり美しいですね」

「ああ、此奴のせいで三日も何も口入れなかったくらい必死になったからな。魔性だよ」


 一本一本洗礼されたペイント、宝石の使い方……どれをとってもため息が出るくらい美しかった。


「今年は僕が作ると思うと恐ろしいです」

「ああ、こいつには随分悩まされるからな。だから余裕を持って説明しようと思ってな」

「う……頑張ります」


 何年も仮面を作っている父でも大変なのだから自分にとってどの程度大変なのだろうかと、キャンディは恐ろしさに生唾を飲み込んだ。


 デザイン、素材は何を使ってもいいがテーマを決め、衣装もそれに合う物を用意するか、仕立てること。キングの仮面で感謝祭の出来が分かれると父に厳しく言われた。


「デザインについてはアドバイスできないからな。じっくり考えて作るといい」

「はい」


 父はポンポンと頭を撫でた。いつまでも子供扱いする父に苦く笑った。


「それでは失礼します」


 椅子から立ち上がると父は首を傾げた。


「今日は休みだろう?一緒にランチでもと思っていたのだが」

「すいません。今日はどうしても外せない用事があって……」


 今日はタエの研究室に初めて向かう日なのだ。昼頃に向かうと伝えたので、一刻も早く向かわなければならない。

 もう腕の時計は正午を刺そうとしている。


「そうか、オペラの脚が止まるのもなんとなくわかる」


 父は面白そうに口角を上げ、羽ペンを突いた。その様子はまるで何か悪いことを企む子供だ。

 キャンディはあえてその理由を聞かなかった。話を続けていたらこれから向かう場所をうっかり口にしてしまうかもしれないからだ。


「それでは、僕は急ぎますので」


 精一杯の笑みを浮かべて踵を返した。


「ああ、気をつけてな」


 父はひらりと手を振る。

 キャンディは早足で屋敷を出た。双子の弟たちにも捕まらないように、静かにそして素早く。

 オペラがいる馬小屋の隣を進み、広い庭を抜けるとやっと正門にたどり着く。そこから街に降りるためにキャンディは再び土を蹴った。


 「そりゃあ、お姫様も不機嫌になるわけだね」


 書斎の窓から様子を見ていた父アップルは嬉しそうに、だがどこか不安そうに呟いた。

 今日のキャンディの目はあまりよくない目だ。なんとなく嫌な予感がした。


「まあ、私の息子だからな。心配はないだろう」


 そう低く呟くと昔よくキャンディに聞かせた童謡を歌いながら、自社のクッキーを頬張った。辺りは一気に冷え込みもうクリスマスのシーズンが来ている。

 呑気にクリスマス商戦を考えながら、アップルのおやつタイムは一時間も続くのだった。

carameliser=グラニュー糖をかけ、焼きごてをあて瞬間的にカラメルの状態に焦がす技法

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