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Blood ROSE -櫻薬編-  作者: 鈴毬
la nuit 02 平穏はcamomilleの香り
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じりじり

 父の書斎は二階の一番北にある。木製の大きな扉の前に立つと何度か深呼吸する。特別厳格な父という訳ではないが会うときは何故か緊張してしまうのだ。

 よし、と頷くと扉を数度叩いた。

「誰かな?」

 キャンディよりもずっと貫禄のある父の声が返ってくる。

「お父様、僕です。遅くなりまして申し訳ありません」

「入りなさい」

 金のドアノブを押すと机に座っている父と目があった。


 歳はあまり変わらないように見え、キャンディと並ぶと歳の離れた兄弟のように見える。しかしオールバックにした髪と狐のような目はキャンディよりずっと威厳を備えていた。

 アップル・ハロウィーン・ミッド……ミッド家当主であり、ハロウィーン社の社長である。

「集会があったんだろ?仕方ないさ」

 座りなさい、と目の前の椅子を差した。その仕草にもゆとりがあり、彼の穏やかさがわかる。

 キャンディは促されるままに座る。

「それで、今回はどのような用件で…」

 座ってすぐに言葉を発すると、父はきょとんとした顔をした。もしかしてすぐに本題に入ったらいけなかったのかもしれないとキャンディは困惑する。

「なあに、大した話ではないのだよ。どうしたキャンディ。急いでいるのかい?」

「いえ、そんなことは……」

 父は安心したように微笑む。

「今は仕事のパートナーではあるが、その前に大切な家族だ。そう固くならなくていいんだよ」

 狐のような目がさらに細められる。

 父は椅子から立ち上がり、キャンディの頭を撫でた。それはまるで幼子をあやしているようだった。子供じゃないんだから、と頭を押さえながらも無意識にキャンディーの表情は緩んだ。

「来年の吸血鬼感謝祭のことで話があるんだ」

 ハロウィーンの夜に行われる盛大な祭り。今年は父が主役になり大成功を収めた。それもひと月ほど前の話だ。

 まだ来年の準備に取り掛かるのは早すぎるだろう。


 数秒の間の後、父が口を開く。

「……来年はお前がキングになってはどうだろうか?」

 キングというのは感謝祭の最高責任者で花形の主役だ。代々ミッド家の当主が務めることになっている。

 キングを務めろ、それはキャンディにとって重く、衝撃的な一言だった。

 ショックで頭が真っ白になりそうになりながら言葉を選ぶ。

「お父様は、僕に代を替えるおつもりですか?」

「ああ、ゆくゆくは、な。だがお前はBlood ROSEの一員だ。すべてを一気に託すつもりはないよ。いきなりだと苦労するだろうから、私がまだ現役のうちに慣れさせたいだけさ」

「ですが、僕は……」

 キャンディには自信がなかった。自分が劣っていると思っている訳ではない。Blood ROSEでも与えられた仕事はきちんとこなしているつもりだ。

 ただ、誰かを率先して動かすようなことができるのだろうか。そう考えると気分が落ち込んでいく。

「大丈夫さ。アドバイスはしっかりする。他のパーティーもすべて託すわけではないんだよ。ただね……」


 父はデスクにある写真に目を落とした。

 とても古い写真にはキャンディ、そして今よりずっと幼い双子の弟たち。そして美しい女性が三人の肩を抱き微笑んでいる。

 これはキャンディがBlood ROSEに入団した時記念に撮ったものだ。

 美しい女性はキャンディの母である。

「彼女ともっと共にいたいのさ」

 吸血鬼は女性が生まれにくく、価値がとても高い。女性吸血鬼を守るために、未婚の女性は軟禁状態で暮らし、宛がわれた男性と政略結婚するのだ。 そして結婚後も女性は一室で匿われ、夫婦は年に1度、吸血鬼感謝祭の日にしか会うことはできない。

 しかし夫が隠居することによってはじめて二人は共に生活できるのだ。

 キャンディも感謝祭の日には母と会えるのだが、祭りの日は忙しく、数年間母とは会っていなかった。


「母様はお元気ですか?」

 懐かしさで目を細める。

「ああ、相変わらず美しいままさ」

 父もまた目を細め写真を見ていた。その目は愛しみに溢れ、幸せそうだ。

政略結婚でも愛し合っている二人をみてキャンディはとても尊敬していた。

 愛に溢れる父に憧れているし、適わないと思っている。父よりいい仕事ができる自信はなかった。

 しかし、愛し合っている二人が1年に1度しか会えないことはどんなに辛いことだろうと心を痛める。

「わかりました。やれるだけのことはしてみます」

「ああ、それでこそ我が息子よ。それじゃあ、いくつか簡単なことを説明してしまおうか」

 それからは日が落ちるまで父の部屋にこもった。

 自分にかけられた期待と、それに応えようとする不安が心の中で溶け合う。


 簡単なことと父は言ったが、思っていたよりも覚えることは多く、頭に叩き込むまでにかなり時間がかかりそうだった。

 父や、先代たちにまた尊敬の念が芽生える。

 簡単そうにやっていたことがこんなにも複雑で、大変だったなんて思ってもみなかった。


 開け放たれた窓からは、冷たい風と夕食のバターソースの香りが入ってくる。

 キャンディは突然に朝に飲んだカモミールティーを思い出した。甘いカモミールティーを飲めば、自信と安堵を感じることができるのだろうか。

 父は優しく、何度も同じところを復唱してくれた。私なんか最初よく怒られたものだ、と豪快に笑いながら。

 広い書斎の中、これからの忙しなくなる日々を思いながら、ひたすらにペンを走らせた。

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