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だいろくじゅうにしゅ そなへては いかなるひとも ゆるさじと いまはむかしの あふさかのせき
第六十二首
備へては 如何なる人も 許さじと 今は昔の 逢坂の関
逢坂の関は、平安の中期以降、交通に重要な場所として、特に警備が厳重であった三関の一つに数えられていました。
有事の際には東国からの侵入を防ぐために封鎖され。
そこではどんな悪人であっても、見逃すことはなかったでしょう。
もっとも、それももう昔の話でして。
要所でなくなった逢坂の関は守りが放棄されて行き来が自由になった今、むしろ人通りもなく寂れてしまっています。
なんと皮肉なことでしょう。
そなへては いかなるひとも ゆるさじと いまはむかしの あふさかのせき
わたしの心も、昔は頑なで人を信じることも出来ずにいて。
自分を守ろうと懸命に人を寄せ付けなかったのですが。
今はこうして、さびしい気持ちを慰めてくれる人を迎えたいと思うのに。
かえって、誰もわたしの本当の心に向き合おうとはしてくれないのです。




