表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一人百首  作者: 奈月遥
1/103

ばんがいれいしゅ  うたごころ いのちのこゑを ひびかせて ともにかなでむ とわのかんきを

番外零首

詩心 生命の声を 響かせて 共に奏でむ 永遠の歓喜を


「詩は、文化人に対する、尊敬と感謝を表す最高の贈り物である」

 これは、わたしが和歌を詠むきっかけになった言葉です。

 西洋にしろ、東洋にしろ、詩はその大きな発展の要因として、「恋文」であったことが欠かせないと思います。詩は「恋愛」におけるコミュニケーションを支える役目を担い、言わずもがな、そこでは男女が――時として、男性同士、女性同士のこともあったでしょうが――お互いの気持ちを本気になって伝えようと、詩を精練していったのでしょう。

 そう、「お互いの気持ちを本気になって伝えよう」としたのです。自分の気持ちを相手へ素直に伝えるために詩を書き、相手の気持ちを確かに受け取ったことを伝えるために詩を返したのです。

 この相手をまっすぐに思って書かれた文章の、なんと尊く美しいことでしょう。

 この役目を、平安時代の日本では和歌が、そのうちでも短歌が務めていたことは、いまさらわたしのような浅学の者が語るまでもないと思います。

 人の仲を繋ぐのは、歌。

 相手に少しでも気があれば、殿方は歌を詠み、贈ってきます。

 素気無く断るのでも、歌が返されれば、女性は殿方を少しは認めているということ。手紙が返されても、歌がなければ脈なしです。

 しかして、言葉を尽くし、心を折り、紙を選びに選んで、筆取る文字は丁寧に。そんな歌を女性が認めることが、どれだけ特別なことか。

 そんな歌を寄せられる殿方の、どれほど求められていることか。

 それだけの歌を、わたしが詠むことができたなら。

 当時、大学に入ったばかり。人を信じられず、ネコを友として四年間を過ごそうとしていたわたしにとって、そのように人を想うことができたなら。

 わたしは、その時、人間となれるような心持ちだったのです。

 わたしは、冒頭のお言葉を、わたしに生きていく希望を与えてくださった言葉を、この胸に抱きしめて、まずは詩を綴りました。

 それから、一年。

 わたしは、わたしの「最高の贈り物」として、「和歌」を選びました。

 なぜかと問われれば、さほどの理由はありませんが。

 まず、「自由詩」はいくらでも書けてしまうからです。ふとした拍子にわたしの中で形になってしまうそれを、ただの言葉と――ともすれば投やりであったり、配慮に欠けていたり、そんな浅ましいわたしの言葉と、区別することなど到底不可能で、その曖昧さはいつしか、わたしを生かしてくれた「お言葉」に背くような気がしてしまったのです。

 そして、わたしは和歌が好きでした。短歌の銘選と言われ、三大歌風を示す「万葉」「古今」「新古今」で言えば、特に古今和歌集の心情を巧みに情景で表現して詠まれたものが好みです。小学三年から四年に担任となってくださった先生が、百人一首をクラスに常備してくださったのが、その始まりであるのは、間違いありません。

 日本古来より精練に精練を重ねられた文学詩。

 三十字余り一字というごく短い韻律の中に納められる技巧。

 恋文として、いえ、時として絶対的な信頼を表すために、位高い方々に用いられた言葉。

 わたしは冒頭のお言葉を託すのに、もはや和歌以外は考えられません。

 ふと思い至り、わたしが詠んだ歌を数えたところ、百首を越えていました。

 百人一首を念頭に置いて歌を詠んでいたわたしにとって、この数はとても意義深いものです。

 そこで、自ら詠んだ歌の内、百首を選別しようかと思いましたが。

 歌の深みは、詠み手の詩想、宗教、生まれや立場、感性、知識を知ることでやっといくらか感じ入ることができるものと、とある本を読みまして、わかったのです。

 今の世の中、歌に限らず、文芸に限らず、作品を作者と引き離してしまう傾向が強いと感じます。

 しかし、創作というものが作者と受け取り手を繋ぐものであり、それは詩想を伝えるコミュニケーションであることを考えれば。

 まして、三十字余り一字というごく僅かな表現しか持たない短歌であれば、その背景なり、所以なり、思考手順なりを記すことがどれだけ理解を深めることか。

 さらに言えば、わたしなどは誰にも知られることのない凡の人なので、いくら調べてもらうことがあろうとも――まぁ、そんなことがあるとは思えませんが――人となりを知ってもらうことは不可能でしょう。

 それでは、わたしの歌は不完全なまま伝えてしまうことになります。

 それでは、読み手と作品になんとも不誠実だと思いまして、こうして、歌に詞書を寄せて、綴っていこうかと。

 それがいくらか、貴方の詩心に共鳴し、また誰かへと歌を贈られる因縁のひとつとなることを祈りまして。


うたごころ いのちのこゑを ひびかせて ともにかなでむ とわのかんきを


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ