本の森で。
見つめたまま、見つめられたまま。
「5月半ばのメインイベント。」
「?」
「気になっているんでしょ?」
彼は首を傾げて私に問いかけた。
「君は今年からの入学者だから詳しく知らないんだね。」
彼は私がメインイベントについて気になっていると思っているようだ。
確かに、メインイベントについて少しも気にならないというのは嘘なので、黙って彼が教えてくれるのを待つことにする。
「…誰でもいいから聞いてごらん?きっと快く教えてくれるよ。」
微笑んだ彼は、私の思っていなかった言葉を口にした。
「貴方は教えてくれないのですね?」
「君が望むなら教えましょう?」
てっきり黙っていれば教えてもらえると思っていた私は押し黙った。
「どうします?」
「お願いします。」
彼はきっと黙っている私の意図が分かって、わざと教えてくれなかったのだと思う。
だから、私の言葉に意地悪そうに微笑むのだ。
「喜んで。5月半ばにはお姫様が決まるんだよ。」
お姫様?
「意味分からないよね?まぁ…生徒会の書記だよ。うちの学校では毎年、生徒総会で書記の女の子を一人決める。それが伝統なんだ。」
淡々と話していく彼の瞳からは光が消えていっているように思えて気になった…。
「それは、少女たちの憧れだそうでね?もう大騒ぎ。男の子達は男の子達で気になるあの子が選ばれないように祈るのが精一杯…ってね?なんともつまらないお祭りだよ。」
「つまらないんですか?」
「うん。」
最後の吐き捨てるような言葉が、冷たい響きをしていて胸がひどく痛んだ。
「今年まではどうでもいいと思っていたよ。」
「今年までは?…それは、何故?」
「ふふっ。君は好奇心旺盛なんだね?…さっきも本当は聞きたくてたまらなかったみたいだし。」
喉を鳴らして笑う彼からはさっきの冷たさは微塵も感じない。
その瞳が光るのを私はじっとじっと見つめていた。
「えぇ。とても…とても、気になります。」
「さっき否定していたのに今度は認めるんだね?」
「あの時は…認めたくなかったのです。」
「それは何故?」
「先に訊ねたのは私です。それに…貴方は私の行動の理由が分かっていらっしゃるのではないですか?」
彼女は顔は変わらずとも、声に隠しきれない不満をあらわしていた。
「ははっ…君の行動の理由なんて、僕は分からないよ?」
「…貴方はズルい人なのですね。私は、貴方のことが気になるのです。」
本当は分かっていた。
彼女は僕に興味を向けながらも、何故か関わりたくなかったのだろう。
だから、あの時とっさに嘘をついたのだ。
「僕は、高等部1年A組真宮陽。生徒会長をしているよ。」
「生徒会長。」
入学式当日も挨拶をしたのは僕だから見たことはあるだろうと思っていたけれど、彼女は全く覚えていないようだった。
「あの日、君にあったのは偶然じゃないんだ。…先生に言った必要な書類の話もね?」
「それは…どういう意味でしょう?」
彼女が怪しげに眉を寄せる。
「午前中に君が本を返しに来たときに、残念そうな顔をして帰っていった君を見て、放課後もしかしたら君が来るかもしれないと思って待ってた。」
「え…何故ですか?」
「愚問だね。ただ君と二人きりで話がしたかったんだ。そして、その答えをもう君は僕から聞いてる。」
彼は楽しそうに口角をあげた。
「…分かりかねます。」
「本当に?」
残念そうな声を出しながらも彼は笑顔のままだ。
「答えはね、会ったときに君に言ったように、君がここに在るべきだと思ったからだよ。」
細められた瞳を美しいと思いながら、私は話を聞いていた。
「僕は、この場所にいる君が好きなんだ。まるで一枚の美しい絵画のようで。」
「それは光栄です。」
頭のなかでは、この人は何を言っているのだろうと思った。
目の前の彼の方が私なんかよりずっと美しいのに…。
「話してみると、僕は一層君に惹かれた。好奇心が強くて、強かで…そのくせ、思っていた以上に君は少女だったから。」
「それは誉め言葉ですか?」
「さぁ?どうでしょう?」
彼はにこやかに微笑むだけで、答えは教えてもらえなかった。
彼の言葉の意味が私にはさっぱり分からなくて、その私を見ている彼が楽しそうに微笑んでいるのが、とても歯痒かった。