プロローグ
紙に書きためていた小説です。
基本的に自己満足で書いていたものなので、読みにくい部分があるかもしれないです。
楽しんでいただければ幸いです。
よろしくお願いします。
「貴女は可哀想な方ですね。」
窓辺で本を読む少女に男はそう言った。
「…どうしてですか?」
男は目を丸くしながら訊ねる少女を愛しそうに見つめながら微笑んだ。
「貴女は、この狭い世界しか知らない。そして…美しいこの場所で死んでゆくのだから。」
美しい少女は何も知らない。
穢れも、そして、愛も。
けれど、彼女は疑わない。
けしてこの窓から出ていこうとは思わない。
「そうですね。」
男は愛する彼女の清らかな笑顔を見て涙を流して部屋を出た。
少女はこれからも何も知らない。
大切に大切に閉じ込められた世界で美しく死んでゆくだけなのだ。
パタン。
本の音が部屋に響く。
「お嬢さん。その本は面白かったですか?」
聞き覚えのない声に少女は顔を上げた。
目の前には明るい色の髪をした、人の良さそうな少年が立っていた。
「え?…あの…」
「いきなり声をかけてしまってごめんね?随分熱心に読んでいるから、気になってしまったんだ。」
本の匂いで満たされたこの部屋には少年と少女の二人だけ。
少女は戸惑いながらも口を開いた。
「…はい。とても興味深い本でした。」
「そう。楽しめたようでなによりだよ。」
少女は、少年の言葉を聞きながら立ち上がり、手に持っていた本を元の場所へ戻すと、目についた本の背表紙を指でなぞり、ゆっくりと手に取った。
「お嬢さん。…残念ながらもう閉館ですよ?」
「え?あ、私…」
「ごめんね。声をかけそびれてしまったんだけど、君が最後の一人なんだよ。本当は6時で閉館のところ、時計の針は6時半過ぎを差してる。」
少女は慌てて懐中時計を開き、目を見開いた。
「ごめんなさい…。言ってくだされば出ていきましたのに…。」
「あぁ、構わないんだ。あ、その本貸りるでしょ?」
「え…いいんですか?」
「ここは本を貸し出すところだからね。」
「ありがとうございます。」
少女が本を手渡すと、品の良い笑みを浮かべた少年は手早く貸し出し手続きをし始めた。
「君は、この場所にいるべきだと思ったんだ。」
「え?」
「闇が君の背後から迫る度に、君は美しさを増していく…。そんな風にこの場所に馴染んでいく様を、僕はずっと見ていたいと思った。」
彼女は差し出された本を受け取ると、鞄にしまいこんだ。
これは…からかわれているのだろうか?
そんな疑問が彼女の頭に浮かんだ。
けれど、もう一度見た少年の瞳には純粋な美しさがあっただけだった。
それに気付いた瞬間に体の中が熱くなるのを感じて、たまらず口を開いた。
「貴方の方が…よほど美しく見えます。」
とっさに言ってしまったとはいえ、これは本心だった。
彼は長身ではないものの、顔はゾッとするほど整っていて、その容姿を引き立たせるような明るい色の髪に少女は心惹かれてならなかった。
「陽のような貴方の方がずっとずっと美しい。」
熱に浮かされたような瞳が少年を見つめる。
「ふふっ。」
「??」
少年はおかしそうに声をたてて笑い、少女を見つめ返した。
「お嬢さん。…外の世界は楽しいですか?」
そのしゃべり方に少女は眉をしかめた。
だが、少年はその表情の変化さえ面白いというように微笑んだ。
「君は、初めて目にする世界を楽しむ子供のように見える。」
その言葉に、少女は戸惑った。
本を読んでいる自分のことなのか、それとも、私自身のことなのか…。
「時々…君の瞳は全てを諦めたように冷めて見えるよ。どっちが本当の君なんだろうね?」
この少年に見覚えのないはずなのに体中に悪寒が走った。
ひどく怖くなってじっと見つめた少年の瞳は、やはり美しく透き通っているだけだった。
「帰ります。」
乱暴に鞄を手に取り、背を向けた。
「あ、お姫様。またお会いしましょうね。」
そんな言葉を耳にしながら、足早に図書室を後にした。
あの透明な瞳が、自分の全てを見ているようで怖かった。
けれど、その夜、私は何度も何度もその瞳を夢に見た。
最後に彼が言った言葉を思い出して、私は何故かそうなるだろうと確信していた。
いいや、これはもう一度会いたいという…私の願望なのだろうか。