第3話 チートの選択
「じゃ、じゃあ敵ってまさか……?」
「バグとチートだ」
グローリーは単眼をギラギラさせながら吐き捨てた。
「そんなこと運営に任せればいいじゃないか!!」
「運営が働いていればこんなことにはならん」
「じゃあ運営は何してんのさ!」
「そんなもの最初からいない」
確かにこのゲームの運営はあまり評判がよくない。人件費を浮かすためにスタッフは常時5人だけであるとか、バグや違法行為がなかなか減らないのもプログラマーを全員リストラしたからだなど、数限りない噂が巷を騒がせている。メンテナンスもアップデートとは違って定期的ではなく、不定期で1月に1度あるかないかという有様で、それを売り文句にするほどであった。それでもゲーム人口が鰻上りなのはそれだけゲームと宣伝が優れているからだろう。
「おかげでバグは減らずにチートもし放題。迷惑行為もしたもの勝ち。仕舞いに侵入禁止エリアに立ち入ろうとしたり、別の世界へ行こうと画策もしている。こっちはえらい迷惑というわけだ」
このゲームのバグは酷いもので、突如キャラクターがワープする、ゲームを始めると敵陣真っ只中、練習エリアに高さ40メートルの超弩級ロボットが現れる、ゲームデータがクラッシュする、ついでにハードディスクの中もおじゃんになるというもので、これでも商品として成立している辺り実に不思議でもある。
チートにしても無敵なんていうのは序の口で数百体に分裂したり、他の機体と合体させたり、透明になったりとやりたい放題である。何故これでゲームがスムーズに起動しているのかこれまた謎である。
「そこでお前にはその違法プレイヤーを成敗してもらう。このゲームにあるチートデータをお前にやろう」
多分テストプレイ用のデータなのだろう。グローリーは何処からか掌に収まるほどの小さなチップを取り出した。
「自分にチートを使えばいいんじゃない?」
「生憎だが、俺たちには使えん」
「だからここまでご足労願った、もとい連れて来られたってわけか」
要はゲーム内のロボットたちでは対処しきれなくなり、チート能力を使うことが出来る人間に対処を委託しようというわけである。
「目には目を、歯には歯を、チートにはチートを。毒をもって毒を制すというわけだ。嫌なら拒否してもいい」
「拒否すれば帰してくれるの?」
「……周りがどう言うかは知らんが、最善を尽くそう。しかし、お前にとっては最高のチャンスだと思うがな」
そう言うとグローリーは静かに笑ったように見えた。彼の顔に口はついていない。マスク越しに声が聞こえるだけだが、明らかに笑っている。それも何か裏がありそうな類のものだ。琢海は自分の愛機が恐ろしく不気味に見えて仕方がなかった。
「考えてみろ。どちらにしてもチート能力が手に入れば、現実世界では冴えない男のお前も英雄になれる。それも人間世界の様に脆いものではない。スキャンダルや妬みなど跳ね除けてしまうほど絶対的なものだ。何せその気になれば、メディアも敵対者も一瞬で葬り去れるからな」
「……だけどそれは所詮、仮想世界のものでしょ? 僕はこのゲーム、命と金と食事と彼女の次ぐらいに大事だけどさ、現実世界を捨てるほど浸かってはいないよ」
「……よし、ではこう思えばいい。これは一種の気分転換だ。最高の能力を手に入れ、ゲーム世界で英雄になる。いい気分になったところで学校に会社だ」
琢海はこれが悪魔の契約にしか見えない。この仮想世界で英雄になれば、優越感や達成感故に恐らくその世界にどっぷり浸かることになる。そして二度と現実世界に戻ることはないだろう。何不自由ない仮想世界から、わざわざ現実世界へ戻る必要は余程のことがない限りない。そして仮想世界に残ったとして、そんな奴を待ち受ける末路などたかが知れている。
「お前、俺たちがお前をこの世界に引き篭もらせようとしてるなんて思ってないか?」
琢海は心を見透かされたようにドキリとした。
「言い忘れていたな、何故お前が選ばれたのか。第1にこのゲームが好きであること。第2に普段違法行為をしていないこと。第3に現実主義的面があること。これが理由だ」
琢海は1と2は分かったが、3についてはどうにも解せなかった。自身を夢想家でゲームオタクと自負している彼にとって、それこそ現実主義など対極に位置するはずのものである。
「お前はこのゲームが好きで好きで堪らない。ゲーム世界に憧れてもいる。しかし少なくとも寝食を忘れ、学業を忘れ、仕事を忘れることは無い。要はこのゲームに命や人生まで捧げる気はないだろう? 確かにお前は空想家で夢見がちだが、一方で現実的なところもある。それが理由だ」
グローリーは淡々と話しながら琢海の周りをぐるぐると回っている。
「つまりだ、俺たちはお前がこのゲームで英雄になったからといって、現実世界に見切りをつけるなど思ってもいないってわけだ」
そう言うとグローリーは大声で笑い、琢海の肩をバンバンと叩いた。当の彼は叩かれた肩を手で押さえながら少しホッとしているようだった。
「でも他の人は変わらずゲームをしてるんでしょ? 人間の僕がフラフラしてたら明らかに目立つと思うんだけど。個人情報までは特定されたくないなぁ」
このゲームには人間は存在しない。自身のプレイヤーを含め、全てロボットである。
「安心しろ。お前の存在もあくまでバグだ」
「幾らバグだってゲーム内に存在しない人間がいるのはどうかと思うけど。チートでもそんなの見たことないよ」
「じゃあ虫けらになるか?」
「バグだから? はは、君ジョークが言えるんだね。驚いたよ」
琢海は軽く拍手をしながら冷ややかな笑みを送った。
「本当はお前の姿をロボットにする予定だったんだが、実験が上手くいかなくてな。もしこのままお帰りなら、研究所に寄ってもらいたいんだが……」
琢海はギョッとした。これは冗談なのか本気なのか。表情が伺えないだけに分からない。
「で、チートは欲しいのか?」
青ざめた琢海の顔を覗き込むグローリーの顔は、ちょっと嫌らしい笑みを浮かべているように見えた。
■ ■ ■
「まず操縦技術のチート。もう1つはそれ以外のチートだ」
「前者は操縦技術以外は平凡なまま。後者は操縦に関しては一切出来なくなる」
「じゃあ両方のいいとこ取りで……」
「そんな都合よく出来るんならバグなど無い。恨むならプログラマーを恨め」
せっかくチートが貰えるというのに、肝心のそれは微妙である。この世界に来たのならばロボットを操縦してみたいものだが、その代償は大きい。もしロボットがロスト、つまりダメージの蓄積によって使用不能になればその先は考えたくもない。
かといって操縦技術以外がチートだと、確かに己の身1つで生き抜けるだろうが、ロボットに乗れないというのは何だか味気ない。
「どちらを選ぶんだ?」
琢海の選択は……