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『サルでも投げるゲームブック』

『サルでも投げるゲームブック』 乙

作者: 白烏

一文ごとの改行は仕様のつもりです。

 それは茹だるような猛暑が襲った夏の日のこと。


 部屋に現れたピンと伸びた二本の触覚をもつ例のアレを本棚の後ろに追い詰めた時だった。


 埃を被って誇らしげに登場したのは一冊の本。


 ……。

 

 とりあえず引っ張り出した。


『サルでも投げるゲームブック』


 はてさて、これは何だろうか?


 思い出せない。


 考えること数分。


 ……。


 眉間に皺が寄った。


 脳裏を掠める叙情し難い感情。


 パンドラの箱を開けてしまったかのような慙愧(ざんき)のいたり。

 

 例えるなら、小学校でやらかした珍騒動をきっかけに付けられたあだ名が成人式で旧友と再会した時にも健在であったことを知った後の虚無感、とでも言えるだろうか。

 

 そんな価値のない虚しさが薄らと蘇る。

 

 できることなら、『あー、いたなー、そんな奴。いたいた』なんて調子を合わせて忘却の彼方に追いやっておきたかった。

 

 不意に思い出してしまう辺りが自分の未熟さを曝け出している。

 

 まったく、生兵法(なまびょうほう)は大怪我の基とはよく言ったものだ。

 

 いや、別にここまで悲観的に考えることでもないのだけれど。

 

 ……。


 とりあえず開いてみた。


『このゲームブックは三部構成です。初級、中級、上級の三つのお話が楽しめます』


 曖昧な記憶を掘り返してみたが、前に挑戦した時には初級で止まった気がする。


 それももう数カ月前のことでおぼつかない。


 にしても、何故だろう。


 さっきからおじいちゃんとおばあちゃんの顔が頭から離れない。


 頭の中で痛々しい恰好をしたおばあちゃんが、黒々としたオーラを纏った純白のおじいちゃんと対峙している。


 何だったか、これ。


 やけに引っ掛かるのだが。


 ……。


 ……。


 ゲートボールだな、うん。


 どうにも漠然としているが多分合ってる。


 思考を進めるにつれて不思議と吐き気を催してきたので途中で諦めることにした。


 人間触れてはならない禁忌がいくつもあるのだ。


 これもその一つかもしれない。


 立ち向かう勇気より逃げる度胸の方が時として大切だ。


 なんて語って誤魔化した。


 だがまあ袖振り合うも多生の縁。


 ここで関わりを切るのも少し気が引ける。


 まあ振れ合う袖もなければ人間ですらないんだけれど。


 とりあえず終えた初級は飛ばして中級に挑んでみることにしよう。






『各設問において、選択肢が最初に明示され、その後に問題文と質問が与えられます。選択肢を決め、選択肢の下に指示された問題へ移動してください。以降、同様です』


 最初のページには注意事項が書かれていた。


 この辺は感覚的に覚えている。


 さあ、お手並み拝見だ。


『A.倒しにいく(二問目へ) B.平穏に暮らす(十七問目へ)』


『ここは魔法や魔物が実存する世界の一角を担う村――『ウソックヤ』。緑と村民の心が豊かな落ち着いた村落です。そんな村であなたは生まれ、二十歳となった今なおウソックヤの自宅にて生活しています。朝、起床し、溜まったゴミを分別して部屋の外に出し、親が運んできた朝食を食べてから、ベットに再び入って夢の世界へと旅立ちます。昼、夢の世界です。夕方、のっそりと動き出し、動画投稿サイトを適当に閲覧して笑みを浮かべ、親が運んできた夕食を食べます。夜、親に無理強いして部屋に作らせたマイ風呂で一日の疲れを癒してから、投稿動画サイトを見ながら笑みを浮かべます。深夜、笑みを浮かべます』


 ……。


『そんな穏やか日常に突然変化が起こりました。魔王です。魔王が現れたのです。世界を牛耳ろうとする魔王は全人類に向けてこう言い放ちました。昨今、自分という殻に閉じこもり、外界との接触を避けて平穏に暮らそうとする若者が増えている。これは未曽有の問題だ。こうなると我らが無理にでもその殻を破り、奴らを外に引っ張り出す必要がある。そこで今日この日をもって、自分の檻を抜け出せない若者に強制ハロワ行きの刑を処すことにした――と。あなたは雷にでも打たれたような衝撃を受けました。あなた自身は今の自分が充分社会に貢献できていると自負していたのです。それこそ、ゴミの分別に努めている自分はなんて地球に優しいんだ、そう満足して笑っていたのです。当然魔王の言うことが気に食わなくて仕方ありません。可能ならば阻止したい事態です。ですが、魔王を倒すということは危険を伴う難行。なんといっても外に出なければ始まらないのですから。あなたは動画投稿サイトを見つめて笑みを浮かべつつ、一つの決心をしました』


『一問目:魔王を倒しますか? それとも平穏に暮らしますか?』


 ……。


 いや、魔王、滅茶苦茶正論言っていないか、これ?


 主人公の腐った眼から見て魔王扱いしてるだけだよな、これ。


 何が地球に優しい、だ。


 お前の行為なんぞでエコが成り立つなら、世界はエコで包まれてるよ。


 飽和してるよ。


 地球は安泰だよ。


 舐め腐るのもいい加減にしろよってぶん殴りたいよ。


 あと動画サイト見すぎだろ。


 笑みを浮かべすぎだろ。


 なんだったらもう薄気味悪いレベルだろ。


 この主人公に自分を投影するのは生理的に厳しい。


 しかも選択肢がなんやかんやで『魔王を倒す』の一択だ。


 ここまで魔王を応援したくなるファンタジーが存在するとは、なんかもう賞賛の拍手を送りたいくらい神々しい。


 けれどまあ、一応ゲームブックだと割り切って選択はしよう。


 選択は――A。


『A.受け取る(三十五問目へ) B.受け取らない(二十七問目へ)』


『あなたは魔王を倒す覚悟を決めました。善は急げとその日のうちに必要な荷をまとめ、部屋の外へと壮大な一歩を踏み出しました。両親に別れを告げ、外界へと旅立ちます。振り返ることなく村広場の方へ向かうあなたの後ろで、父親が『やっと出てったか……虫けらが』、母親が『ほんと、天井に巣を張ってる蜘蛛の方が進んで虫を食べてくれる分、まだ救いようがあるものね』なんて呟いていたことを、当然あなたは知りえません』


 ……。


 いや、知りえてるんですが。


『広場に到着したあなたの元に、柔らかそうな立派な白顎髭を携えた一人の老人が近づいてきました。その男はこの村の村長でした。村長はあなたが今から魔王を倒しに行くのだと聞くと、急に顔を下げて悩み始めてしまいました。その手には緑色の植物が握られており、ぶつぶつと何か呟いています。どうする、どうするんじゃ、儂? 新たな旅立ちをせんとする冒険者に、またこの薬草を渡すのか? そもそも薬草って何なんじゃ? こんなもんそこらに生えとる雑草と変わらんのじゃないか?というより、雑草そのものじゃないのか? 儂は雑草を冒険者に押し付けているだけなんじゃろうか。プラシーボ効果で薬理作用があるように思い込ませていたんじゃろうか。いやいやそれ以前に、見ず知らずの老人から物を貰うというのは、冒険者にとってはどうなんじゃ? 有難迷惑どころかただの迷惑と違うか? なんか冒険者が魔王を倒して一躍時の人になった折に、『ほっほっほ、儂はそやつに薬草を与えてやったことがあるんじゃよ』とか何とか言って髭を撫でながら自慢話がしたいだけなんじゃなかろうか。ああ浅ましい。なんと醜く汚いんじゃ、儂。本心はどす黒いんじゃな、きっと。真っ白な髭なんぞ本性を隠すための羊の皮に過ぎないんじゃ……。まあ皮じゃないんじゃが――と。それからしばらくして、村長は改めて薬草を持った手をあなたの方に突き出しました』


 ……。


『二問目:薬草を受け取りますか?』


 なげーよ。


 長すぎるよ。


 どれだけ思い詰めてるんだよ、村長。


 確かに物語序盤でアイテムをくれる長老的ポジのキャラが何を思ってそうしてくれるのかは永遠の謎だけれども。


 だからって長い。


 長いし、つらい。


 読んでるこっちが凹みそうになった。


 安全祈願でさりげなく渡してくれれば済んだ話だろうに、無駄に突き詰められたせいで、受け取りを拒否したら畜生に成り下がりそうなくらいハードルが上がってしまった。


 というか、薬草って雑草だったんだな。


 プラシーボ効果だったんだ。


 まあ確かに、あのフォルムは三百六十度どこから見ても雑草でしかないけど。


 ……。


 知りたくなかったな。


 そして、この設問も人道的に一択に絞られてしまった。


 選んだ選択肢は――A。


『A.男遊び人(七十六問目へ) B.女僧侶(二十二問目へ) C.男戦士(四十一問目へ)』


 キャラ選択、か。


 これは少し先が読めそうだ。


『あなたは薬草を受け取りました。それから村長が続けて言います。お前さん、意気揚々と旅立つのはよいが、一人旅というのは危険なものじゃ。仲間を集めてパーティーを組んだ方がいいかもしれんぞ?』


 やはりこうなるか。


 村長の言う通り、一人旅では複数の敵に囲まれた際に対処が困難になる。


 背中を預けて戦える仲間を作れと村長は言いたいのだろう。


 この助言は理に適っている。


『と言うのもな、一人で旅を続けていると……たまに寂しさに負けて死にたくなる』


 うさぎか。


 人間そこまで弱くねーよ。


 ほのかな期待が裏切られたよ。


 ……。


 デジャブか?


 前回も似たように裏切られた気が。


『そこでお前さんに提案じゃ。この広場の先にハローワークがある。そこではお前さんのように血気盛んな連中が一緒に旅をする仲間を募っておる。自分の力を発揮してやろうと果敢に通っている奴らが多い。きっと優秀な仲間が見つかるはずじゃ――と。それだけ言うと、村長は広場の向こうへと歩いて行ってしまいました』


 ……。


 ……。


 ……。


 げ、現実的すぎる。


 酒場はどうした?


 酒場で仲間を集うのがデフォルトじゃないのか?


 そもそもハロワに行きたくない一心で魔王を倒そうとしている主人公だぞ?


 その魔王を倒すためのパーティーを作るための仲間を探すためのハロワって、一周回って話が破綻するだろ。


 いいのか、それで?


『あなたは村長の助言通りハロワにやってきました。受付の女性に話を通すと、女性はある三人の履歴書を取り出し、その中から一人を選ぶよう提案しました。特にこだわりがなかったあなたは、その提案に乗ることにしました』


『三十五問目:誰を選びますか?』


 いろいろと問題点が多かったが、結局は予想通りの問だ。


 そして三つの選択肢。


 この中からなら、選択するのに迷わない。


 選択は――B。


 Aは論外で捨て置くとして、Cは捨てがたい選択肢だった。


 だがパーティーである以上、やはり回復などといった補助役が一人欲しいところだ。


 その希望を満たすのはBの僧侶しかない。


『A.する(六五問目) B.しない(十三問目)』


『あなたは僧侶の女性を指名し、直接会って決断することにしました。受付の女性が言った通りにハロワ二階にある個室へ向かうと、彼女は足を組みながらソファーにふんぞり返っていました。あなたを見た女性が言います。はあ!? あたしを指名した奴ってあんたなの? ……。勘弁してよねぇ、ちょっと。なんであたしがあんたみたいな貧乏そうな野郎とパーティー組まなきゃならないわけ? お断りよ。あたしは三高以外の奴に興味がないの。ねぇ、三高って分かる? 高学歴、高収入、高身長。どれもあんたとは縁遠い高値の花でしょ? 分かったら、とっとと帰ってくれない?――と。ですが、あなたも引き下がるわけにはいきません。必死に説得しようと、ここに至るまでの経緯を話し始めました。その話を全く興味なさそうに聞き流していた彼女でしたが、話が村長からの贈り物と助言の部分に差し掛かると、突然態度が豹変し、続いて笑い声を上げながらソファの上を転げ回ります。あっははははははははははははははっ!! 村長!? 村長ってあのヤギみたいなモジャ髭垂らした爺さんよね!? そっかそっか、あんたもあの爺さんにに会ったんだ!? で、どうだったどうだった!? やっぱ……ぷっ……あんたも……クク……薬草とか、貰っちゃった感じ!? あはっ、受けんよねぇ、あの爺さんっ!! だって神妙な顔つきで、『薬草じゃ、持っていきなさい』とか!! んなもん道具屋で格安販売してるっつうの!! もう笑い堪えるのに必死だった! 腹筋がねじ切れるかと思ったもん! ほんとにほんと、ダ、ダメダメ……思い出しただけで、お、お腹が……あっはははははははははははははははははっ!! ダメ、死んじゃう!! 笑い死ぬッ!! ――と』

 

 ……。


 ……。


 ……。


 いや、少しも笑えねーよ。


 笑うどころか下手したら泣きそうだよ。


 ……。


 村長、形無しだな。


 けちょんけちょんじゃないか。


 ひょっとして薬草を貰った冒険者全員から笑われたりするんじゃないか、これ?


 ……。


 だけど設問は予想がついた。


 この女を仲間にするのか、しないのか、だ。


 もしそう来たなら、Bのしないを選んでやる。


 こんな性悪女に付き合っていたらストレスで潰れてしまいかねない。


 さあ、来い。


『笑う彼女を見ていることしかできなかったあなたは、後ろの方、つまり部屋の入口の方で何かが落ちる音を聞きました。徐に振り返ると、床には収穫されて間もないと見受けられる薬草が落ちており、その脇には――村長が立っていました。現状を受け止めきれず茫然と立ち尽くす村長』


『二十二問目:あなたは目を背けて沈黙しますか、しませんか?』


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 村長が、来た。


 バッドという点では限りなくグッドなタイミングで来た。


 これは、あまりにつらすぎる。


 壊れやすいメンタルの持ち主なら平気で自殺を選びかねないくらい厳しすぎる。


 どうして長老がハロワに?


 そんな疑問符が浮かんだが、なんてことはない。


 きっと村長は主人公のことを心配して、新たな薬草を持って背中を押しに来てくれたのだろう。


 そう。


 薬草を持ってきたのだ。


 すべての元凶である所の、薬草を。


 そして何もかもが瓦解したわけだ。


 寂しさというか、この世の無常さに負けて今にも死にそうなのは、村長の方だった。


 沈黙するか、しないか?


 それ以前の問題だ。


 かける言葉が見当たらない。


 だから結局、選択は、選べるのは――A。


『A.使う(九十九へ) B.使わない(百一へ)』


 設問番号、じゃない?


 つまり、この問題で選択したら次がラストということか。


『しばらく放心状態だった村長でしたが、意を決したようにあなたに背を向けて走り出しました。あなたも薬草を拾いつつ、それを追って駆けます。高齢な割に村長の足は速く、一分もしないうちにハロワを後にし、村の外へ向かって走り去っていきます。あなたもその姿を見失わないように全力です。そして村の外に出て、短い雑草が風に揺れる草原に辿り着くと、村長とあなたは足を止め、対峙するかのように向かい合いました。あなたを見つめる村長の顔は、涙や鼻水でぐしゃぐしゃです。そんな村長が口を開きました。儂はな、長いこと冒険者に薬草を渡し続けてきた。本当に長い時間、幾人もの冒険者たちに。それが一体何になるのか、儂も最初は分からなかったんじゃ。先代の村長がしていたことの引き継ぎ。ただそう思っておった。じゃがな、月日が流れ、五年、十年と続けていくうちに、なんとなく見えてきたものがあった。上手く言葉では言えんが、ほっとする温かさがそこにはあったんじゃ。時には薬草の存在を疑いもした。全自動薬草配り機と化した自分の存在を疑いもした。じゃが、この温もりだけはひと時も消えることはなかったよ。それがあったからこそ、冒険者たちの心が荒んでいっても、儂は薬草を与え続けられた。儂の行為には、確かに原動力があった。しかし、もう潮時かもしれん。最近の冒険者たちは簡単に薬草を見限り、ホニャララの水だのけんニャラの石だのに鞍替えして、挙句の果てに全てを呪文で補い、アイテムの重要性を軽視する者ばかり。薬草を片手にフィールドを駆け抜けた初心な時代なんぞなかったかのように驕った態度をとる。それが、儂には耐えられなかったんじゃ。時代遅れだと罵られてもよい。効率を求め、命を繋ぐために薬草を使わなくなってもよい。ただ、覚えていて欲しかったんじゃよ、儂は。薬草という小さな希望がかつてあったのだと。自分はそれに助けられていたのだと。じゃがこれも、あるいは全自動薬草配り機である儂の我儘なのかもしれん。じゃから、終わりじゃ。薬草を渡す役割は、今代の村長の代で終わりにする――と。ひとしきり話し終えた村長の顔は笑顔に戻っていました。やせ我慢にも見えるその笑顔の裏で、村長は確かに泣いているのです。そんな時でした。大きな黒い影が村長の背後に現れたかと思うと、次の瞬間、村長の体が衝撃と共に宙に浮かびました。あなたはなんとか村長の体を受け止め、前を見ると、目の前に全身灰色で直径一メートル程の丸い物体が佇んでいました。大きな丸目と横に広がった口をもつ灰色の魔物――スライム。好戦的なその瞳がしっかりとあなたの姿を捉えています。村長を横に寝かせて、あなたは懐から、今朝くすねておいた台所の包丁を取り出して構えます。ですが所詮は付け焼刃。戦闘をまともに経験していないあなたは、スライムの機敏な動きについていけず、右半身に強力な体当たりをまともに受けてしまい、瀕死のダメージを負ってしまいました。足で踏ん張り、なんとか地面に倒れるのを防ぎます。ですが、このダメージではスライムに勝つことはおろか、逃走することも叶いません。村長を抱えて走るとなるとなおさらです。苦境に唇を噛みしめていたその時、倒れていた村長の呟きが耳に届きました。や、薬草を……使うんじゃ――と。あなたはさっき村長が落とした薬草を取り出しました』


『六十五問目:薬草を使いますか?』


 ……。


 そんなことは、決まっている。


 あれだけ熱い村長の思いを聞いたのだ。


 ここで決心せずしてどこで決心する?


 だからそう、聞かれるまでもない。


 迷いなく、力強く、ただ素直に。


 選択は――Aだ。


『あなたが取り出した薬草は、突っ込んできたスライムの口の中に消えました』


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ん?


 んん?


 んんん?


 え、食われた?


 食ったんじゃなくて、食われたのか?


 ……。


 そんな馬鹿な。


『口をモグモグと動かし、スライムが薬草を食べます。しかし突然、スライムの体に変化が起こりました。全身がプルプルと振動し始め、少しずつ溶解し、崩れ、次第に形を保てなくなっていきます。そしてあなたが茫然と見つめる先で、スライムが甲高い鳴き声と共に跡形もなく消滅してしまいました。あなたは訳も分からず立ち尽くします。村長もあなた同様に声も出せず混乱していました。そんな彼らに走り寄ってくる人影。それはウソックヤの村人です。彼は村長に向かってこう叫びました。おーい、村長! あんたがさっき摘み取ってた雑草だけどなー、あれ草枯らしの農薬かけたばっかだから、いつもみたいに薬草だなんだと言って冒険者に渡すようなマネ、絶対にしないでくれよー。薬草は薬草でも、生物を害する薬になっちまうからさー。ま、あんたもそこまで馬鹿じゃないよなー。じゃ、俺は戻るからー――と。今度は、あなたが村長を凝視し、村長が顔を背ける番でした』


 ……。


 そんな、馬鹿だ。


 震える手を鼓舞して次のページを捲った。


『無事に村へと帰還したあなたは、もう立派な社会人としての威厳を漂わせていました。それ故に、魔王が課した処罰を受けずに済んだのです。あなたの長いようで短かった旅は、こうして幕を閉じたのでした』


 ……。


 章の最後には、こう書かれている。


『薬草物語』


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 閉じた本を、全身全霊をもってして本棚の後ろに叩き込んだ。


 ……。


 茹だるような暑さはやまない。


 体が火照りは治まらない。


 夏はまだ、終わらない。


 そうしてまた、触覚との戦闘へ舞い戻るのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまでシュールな作品を読んだのは初めてです笑。 楽しんで読めました。とても面白かったです。 [一言] 農薬すげー
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