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5、名前

 意識が戻った。最初に見えたのは、ヒビの入った路地裏の壁でもネオンでもなく、古びた自販機の明かりだった。

「…あ」

 鈍い頭痛がする。体を起こそうとした瞬間、脇腹に鋭い痛みが走った。

「ッッ…!」

「あ、起きた」

 俺のすぐ横から声がした。

 その声のする方向へと視線を向けると、あの少女がコンビニ袋を片手に俺のそばでしゃがんでいた。

「ハァ〜よかった。マジで死んだかと思った」

「…縁起でも無いことを…」

 ちょっと口を動かすだけで頬が痛む。

「はい、」

 少女がスポーツドリンクを差し出す。

 キャップを開けて一口だけ飲んだ。

 キンキンに冷えたスポーツドリンクが喉を通るだけで生き返るような気分だ。しかし、口の中が少し切れているようでヒリヒリする。

「君が助けてくれたのか?」

「う、うん。まぁ…」

「警察は?」

「いや、呼んでない」

「そうか…」

 少女は肩を竦めた。

「呼んだら後々めんどくさいことになるだけだからさ」

「あぁ、そういえば…」

 俺は少女を見る。

「前にも聞いたが、名前は何て言うの?」

 俺は以前この少女から「まだ秘密」と濁された経験がある。流石に今のはマズかったかと内心ドキっとした。

 しかし少女は以外にも、すんなりと答えた。

「…物部 咲優。」

「…モノノベ?」

「そ、物部 咲優」

――待て待て…。見た目は黒とピンクを基調とした地雷系ファッション。特徴的な服にスカート。そして厚底ブーツ。それに首元にはチョーカー。いかにも”トー横キッズ”、”地雷系女子”という格好だ。なのに苗字が”物部”と、中々に厳つい。

(古代の豪族みたいな苗字だな…)

 頭の中にふと日本史の教科書が浮かんできた。

(物部って、あの物部?)

 思わず笑いそうになる。

「何?」

「いや、何でもない…」

 流石に直接口に出すことはしなかった。

「あと私、17歳」

 咲優は缶チューハイを開けながら言う。

「家にはほとんど帰ってないの、私」

「……。」

「夜なんかはこの辺とかいることが多いかな。あと友達とも一緒につるんだりしてる」

 俺は若干ため息が出た。ニュースやSNSで見かける話だと正直思っていた。その中の一人が今、俺の横で缶チューハイを飲んでいる。

 まるで俺が異世界にでも迷い込んだような気分になった。

「そういえば、お兄さん昨日さ〜、」

 咲優がクスッと笑う。

「ちょっと避けようとしてたよね」

「……。」

 図星だ。何も否定できない。

 咲優は優しく笑う。

「でもまぁ、フツーの反応だよね。それが」

 その笑った顔をチラッと見て、俺は何も言わなかった。

────────

 2日後。夜のバイト先。

 店の裏口から入るなり、店長は俺の顔を見て目を丸くした。

「うっわ、これはこれは…」

 開口一番それだった。まぁ、このキズを見たら大抵の人は店長と同じようなリアクションをするだろう。

「こりゃぁ、ま〜た派手にやったねぇ」

 俺の顔や腕など至る所にキズや痣が残っている。それに口元や口内の切り傷も完全に治っていない。

「大丈夫なのかい?」

「ええ、まぁ…」

「いやぁ、大丈夫には見えねぇって…」

 店長は苦笑しながら棚から救急箱を持ってきた。

「ここだけの話、何かあったんか?」

 店長は俺の顔に近づいてコソッと言ってきた。

 俺は一瞬言葉に詰まった。

 歌舞伎町の路地裏で、ヤリラに絡まれていたトー横キッズを助けようとして返り討ちに遭いました。なんて、そんなこと説明できるはずもない。

「…酔った弾みで…」

「ン?」

「それで派手に転んだもんで…」

 数秒の沈黙。そして店長は再び俺の顔をじっと見つめる。

「まぁ、そういうことにしといてやりましょう!」

 それ以上店長は何も聞いてはこなかった。

 その一言で俺は何だかホッとした。

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