腕
田村さんのご主人が出張から帰って来た日の事。
ご主人が昨晩泊まったのは取引先の会社社長自宅の離れだったとかで
「その部屋が何だか変な部屋でさぁ。閉めたはずのベランダのカーテンがいつの間にか開いてたりさ。
ベランダの外の裏庭に入り込んだコンビニ袋が、風に舞ってるにしては何だか生き物みたいにグルグル動き回ってたり。
中に何か入ってるのかと掴んでみたら何も入ってなかったけど。で、今朝起きたら頭痛はするし肩はこるし全身がだるくてさぁ」
ご主人はそうぼやくと、その日は早々と寝てしまった。
その夜。
何時頃かはわからないが、田村さんはご主人がうなされている声に目が覚めた。
隣で寝ているご主人を見ると、仰向けに寝ているご主人の胸から
何本もの、半透明の白い腕が突き出されて、うじゃうじゃと宙をかいていた。
田村さんは驚きに身が固まったまましばらくその腕の群れを眺めていたが、それから後の記憶は無く、気がつくと朝になっていた。
翌朝。
ご主人はやはり頭痛と肩こりがして全身がだるくて、食欲も無いからコーヒーだけくれ、とげんなりした様子で言った。そして
「ゆうべは凄い金縛りに遭っちゃったよ」
とぼやいた。
ご主人は金縛りに遭うのは初めてではなかったが
「ゆうべのはいきなりドカンと胸を押される様な凄いやつでさぁ。息すらできなくて。気がついたら朝になってたけど」
と、いつもとは様子が違ったらしい金縛りに首をひねっていた。
それに田村さんが
「うん、うなされてたね」
と言うとご主人は何だよ、気がついてたんだったら起こしてくれたらよかったのに、と言うので、田村さんはゆうべ見たものを話した。
話を聞くとご主人はさすがに気味悪がり、以来出張には数珠とお守りを持って行く様になった。
その時の怪異はそれだけで終わった様で、以後ご主人は時々金縛りにあう事はあっても、いきなり胸を押される様な凄い金縛りに遭う事は無かった。
「でも」
田村さんは言うのだった。
「あの人が出張から帰ってくると変な事があるのは前から時々あったし。数珠やお守りがどれだけ効いてるのやら」
と、田村さんは溜め息をついていた。




